short | ナノ


▽ 遠距離恋愛のススメ


離れてても心は繋がってるだとか、いつも君を想ってるだとか。そういう気持ちはもちろん私にだってあるけどそれは日頃気ちを言葉にできるカップルがいえるものな気がする。遠距離恋愛を始めて早2年、付き合って5年。

「もしもし。」
「おぅ。お疲れ。なんか声聞くのも久しぶりだな。」
「繁忙期だもんね。一、家帰れてる?またコン詰めすぎたりしてない?」

矢継ぎ早に質問する私に心配しすぎだってと一は笑う。低くてよく通る電話越しの声が最初の頃は新鮮で好きだった。少し恥ずかしいけど耳元から聞こえる声は近くに感じられたから。仕事の話に最近の話、2週間ぶりの電話は話が尽きることはないけれど声を聞いているとだんだん会いたい気持ちが膨らんでいく。半年も顔見れてないんだな…

同じ会社の同期の私たちが仙台の本社で働いて何年かたったあるとき、新しく東京に支社を作る話が持ち上がった。そのときに白羽の矢が立ったのが一と同期の及川君。役職もなかった2人は大抜擢でもあったから私もすごく嬉しくて、頑張ってきてねと悩むことなく背中を押したのは記憶に新しい。

会えない電話だけの日々で少しずつ言葉を飲み込むのが癖になっていった。寂しいも会いたいも、ーを困らせるだけだと思って。一も饒舌なほうではないからそのうちにだんだん当たり障りのない会話が増えていって、吐き出せないモヤモヤしたものが溜まっていく。

「そういや及川が今度そっち行くって言ってたぞ」
「及川君?わー久しぶりだなぁ!」
「会議やなんやであんま時間ないっつってたけどな。」

及川君と一緒に一も来れればいいのになんてことを思いつつ相変わらず仲の良い2人の話に耳を傾ける。

「及川の代わりに俺が行ければよかったんだけど。全然そっち行けなくて悪い…」
「あ、謝らないで!無理して欲しくないし忙しいの分かってるから!同じ会社だもん。」
「そっか。マナは大丈夫そうだな…っと充電切れそうだからそろそろ切るわ。おやすみ。」

返事をする前にピーっと音がして切れてしまった電話。大丈夫そうなんて言わないでよ。だってたまの電話くらい楽しくしたい。一旦溢れて仕舞えばきっと寂しくなっちゃうから無理してだって明るくするよ。

その夜は少し悲しげな一の声がずっと残って離れなかった。

**

「及川君!久しぶり!」
「マナちゃん久しぶり〜。岩ちゃんも元気だよ。あれは仕事の鬼だよね。遊ぶ暇なんかまったくなさそうだから安心して!」
「それはそれで心配…」

週末及川君が出張でこっちへ来たので合間を見つけて飲みに来た。意外とお節介な及川君は最近の岩ちゃんを報告するねと話しとともに写真と動画もたくさん見せてくれる。最初は楽しく聞いていたんだけど酔いが回ってくると一転悲しくなっきてしまう。

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「聞いてよ及川くん〜!わたしだいじょぶじゃないよ!でもはじめは!だいじょふそうだなって…きっとはじめはもうつかれちゃってるんだ…」
「待っていつの間にそんな飲んでたの!?てかそんなことないよ!岩ちゃんはちゃんと…」
「及川くんはずるいっ!毎日はじめとあえてて〜」
「ちょ、マナちゃん、水飲もう!」

お酒が進む。久しぶりに動く一を見たからだ。及川君が悪いんだからね。もっというと一が悪いんだよ。平気なふりをするのが正解なのかわからない。困らせたくもない。でも会いたいな。なんか泣きそうかも。

「電話鳴ってるよ!岩ちゃんの名前出てる!」
「及川くんでて…」
「俺!?っ、はいもしもしこちらマナちゃんの携帯…岩ちゃん?…怒らないで!いや俺が飲ませた訳じゃないから!うん、そう場所は…」

ふわふわした頭の向こう及川君が焦っているのが見える。一の電話に出たいけど今は我儘しか出てこない気がするから代われない。そしてなんとか支えられながらお店を出て、このままだと迷惑かけるしもう帰ろうと及川君の制止を振り切って歩き始める。その瞬間足に力が入らなくて世界が回る。転ぶなぁなんて働かない脳みそが認識したんだけど衝撃はやってこなかった。

「っとあぶね。飲み過ぎだぞ。」
「…はじめ?」
「遅いよ岩ちゃん!」
「これでも急いで来たっつうの!」

まぼろし?大きな手が私を支えてくれて見上げた先には一が息を切らしてそこにいた。

「とりあえず帰るぞ。及川また連絡するわ。」
「俺のことは気にしないでいいから。また帰ったらよろしく。」

よく分からないやりとりを聞きながら私を背負った一がゆっくり歩き始める。久しぶりに聞いた生の声が心地よくてその体温が嬉しい。

「ほんもの…?」
「当たり前だろ。もともと間に合えば来ようと思ってた。でも行けるか分かんなかったからな。無駄に期待させるのもどうかと思って黙ってたんだよ。」
「そうなんだ…。はじめ、会いたかったよ。」
「あぁ。」
「あのね、ずっと会いたかったの。でも仕事ほっぽらかしてほしいんじゃないし、実際無理なのも分かってて…」

ゆっくり歩くその揺れが心地よくて、久しぶりの体温に嬉しくて、堰を切ったように涙が溢れて溜まっていたものが言葉とともにポロポロとこぼれ出す。優しい声で一はずっと頷きながら聞いてくれていた。

「我慢させてたな。悪い。」
「ううん…来てくれたよ…」
「我儘でもいいから今度から何でも言えよ。」
「うんごめん。」
「それに俺だって同じだ。」
「ほんと…?」
「俺も会いたいと思ってんに決まってんだろ。」

あぁ一も同じだったんだって思ったら気持ちが軽くなっていくのが分かる。私現金だなぁ。ゆらゆらと揺れて夢の中にいるみたい。もっと伝えたいことがたくさんあるのに耐え切れずに瞼が閉じていく。

「今日はずっと隣にいるから。おやすみ。」

起きたら何から話そうか。だけどその前にまずはギュッと抱きしめさせて。そこに一がいることをもっともっと感じさせてほしいから。

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