▽ 不器用な一歩
「私今日からここに住みます!」
「は、お前は何言ってんだ。」
日曜日の昼下がり大きなボストンバッグをかついでやってきたのはMANKAIカンパニー。左京さんとこの後デートだから寮に絶対いると思ったんだよね。予想通りリビングにいたのは左京さんと、臣くん太一くん東さんだ。
「マナどういうことか説明しろ。」
「だから、今日から住みますここに!監督さんの許可もバッチリとってあるから大丈夫。1人部屋だったから来てくれたら嬉しいって!」
「マナさん朝から爆弾発言っす!」
「これが本当の押掛け女房ってらやつなのかな。左京君愛されてるね。」
ズンズンと左京さんの所まで歩いていけば明らかに怪訝な顔をして私のことを見下ろしている。でも私だって負けない。2人とも忙しくてそんなに遠くに住んでるわけじゃないのに全然会えない毎日でどうやったらいいのか考えた結果ここは寮なのだから私も住んじゃえというとだった。反対されるのは目に見えているから監督さんに先に根回ししたもんね。
「ダメに決まってんだろ!」
「許可もらいました〜。家賃だって払うし劇団の雑用も手伝うよ。」
「そういう問題じゃねぇ!いいって言ったって監督さんだって迷惑だろうが。そもそも劇団員じゃねぇ奴は寮に入れねぇんだ。それにだな…」
それから腕をくんでうんたらかんたら説教が始まって。自分の家はどうすんだとか職場から遠くなるだろうとかダラダラと。
「ま、まぁまぁ左京さんもマナさんもとりあえず座ったらどうですか?」
睨み合っていたときに臣くんの柔らかい声が入る。暖かい紅茶が出されてソファーに向かい合い、沈黙。後ろで俺この空気耐えられないっすと震えている太一君には申し訳ないけどここは私も譲りたくない。
左京さんと付き合い始めてもうすぐ一年。彼なりに大切にしてくれているのは分かってる。でも寮には呼んでくれるけど莇がいないときでも部屋に入れてくれないし仕事のことなんて全く話してくれない。私生活も謎で彼女なのに全然知らない。全部ひっくるめるとなんだかすごく一線を引かれている気がしてならない。だからこれはあと一歩近づきたい私なりの作戦だ。
「とにかくダメだ。」
「そんな頭ごなしに言わなくたって、私は…」
「だいたい考えてることは想像つく。外でで会えるんだからわざわざ一緒に住まなくたっていいだろう。」
私はただもっと左京さんのことが知りたくて。付き合うときも私かグイグイ押した感じだったし付き合ってやってるくらいの気持ちじゃないかって。それに一緒に住めたら忙しい左京さんのこと手伝えるかもしれないって思ったから。ていうか話くらい聞いてよ。おこりんぼめ。
「〜…っ、わかりましたもういいですっ!あと今日のデートは延期してください。帰りますお邪魔しましたっっ!」
「おい!」
バタン!とわざと大きな音を立てて部屋を後にした。そりゃあ突然だったけどあそこまで頑なに否定しなくたっていいのに。やっぱり私じゃ頼りないし左京さんに踏み込ませてはくれないのかな。
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「もうちょっとマナさんの話聞いてあげてもよかったんじゃ…」
「あんな我儘付き合ってられるか。」
「寂しかったんだよ。会えないとかじゃなくて、前に左京君は全然自分のこと話してくれないって言ってたよ。カンパニーの人たちの方がよっぽど距離が近いってね。うまく伝わってなかったみたいだけど。あの子ももけっこう不器用だよね。」
「…。」
「あ、電話マナさんからっす!」
**
「うん、うん、ありがとう。あの、太一君が持って来てほしいかも。」
勢いよく出て来たものの小さいカバンを見事に忘れていた。左京さんには連絡したくなくて太一君に電話をしたらここの公園まで届けてくれるってゆってくれた。ブランコを揺らしながら太一君の優しさを噛みしめる。あの優しさの爪の垢でも左京さんに飲ませてあげたい。いや優しくない訳じゃないんだけど…
カンパニーの人たちは左京さんにとっても大事。組の人たちだってそう。その中にもちろん順位なんてないのは分かってる。でも前にポートレートっていうのをやっていて、私は昔のこととか家族のこともなんにも知らないんだって思った。無理に聞くつもりはないけど私は左京さんにとってなんなのかなって思っちゃったんだ。寮に入ったからってどうなる話でもないんだけどきっかけにはなるんじゃないかって思った。単純に一緒にいたい気持ちももちろんあるし。
「はぁ〜もっとちゃんと言えばよかった。左京さんの不器用が移ったのかも…。」
「誰が不器用だ。」
「わっ…!」
ブランコがひっくり返りそうになったところを後ろから支えてくれたのは左京さんで。
「太一君の裏切り者…」
「…隣座るぞ。」
空いているブランコに座る左京さんに目を合わせられず、目の前を遊んでいる子供たちをぼんやりと眺める。大人2人が昼間から黙ってブランコなんてなかなかシュールな光景だ。万里君あたりがみたら呆れそう。
「悪かったな。話も聞かずに。」
「…。」
「迷惑とかの前に寮は男しかいないからそこも…いやそこが心配っていうのもある。一緒に居たくないとかそういうんじゃなくてだな…」
左京さんは一生懸命言葉を選んで真っ直ぐ伝えてくれている。本当にこの人は言葉足らずで不器用で、優しい。ブランコを降りて左京さんの前に立てば彼も立ち上がった。
「私もごめんなさい。カンパニーのみんなといるときは左京さんすごく砕けた顔しるし私の知らないことたくさん知ってて羨ましかったの。あんまり会えないのはほんとだし…」
「東にも聞いた。別に色々隠してるわけじゃねぇ。ただ特に俺の昔のことはあんまり楽しい話しじゃないんだよ。でもお前になら話す。だからなんでも聞いてくれていい。」
「左京さんが優しい。」
「なんだと?」
「ふふ、ありがとう。今度教えて欲しいな。昔のことも左京さん自身のことも。あとね、やっぱり私左京さんのこと大好き!」
手を握って笑えば彼は驚いた顔をした後珍しく顔が赤くなっていく。すごくレアかもしれない。顔を除いて茶化していたら気づけば子供が周りにいて、すぐにその場を退散した。だから子どもは嫌なんだと漏らす左京さんと手を繋いで再び寮までの道のりを歩いていく。
「部屋くるか。」
「莇はいいの?」
「出掛けてる。まぁいつもお前が来てたっていうとふしだらだの節操なしだの俺の事エロおやじ扱いだがな。」
「そうなの!?だから…」
「気にしなくていい。」
そしてものすごく小さな声で
今日は俺も一緒にいたいからな
と言った。びっくりして横をみたら耳まで真っ赤になっていて、嬉しくなってもう一回とお願いしたら無視されてしまった。うるせぇといいつつも手を離さない左京さんのこういう優しさをまた好きになるんだ。これからも少しずつでも近づいていけるといいな。寮に住む件はまだ諦めてないから後でまた説得しないとね。
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