short | ナノ


▽ 内緒のネイルエスケープ


「あれ赤葦がいる!」
「マナさん何してるんですかこんな時間に。」
「ちょっと進路指導が嫌になってエスケープ中。」
「…今すぐ戻ってください。」

真っ白いプリントをひらひらさせながら笑うと椅子に座っていた赤葦はそれは冷たい目でこちらを見やる。まさか部室に赤葦がいるとは思わなかった。エスケープ失敗だ。

「赤葦だってここにいるじゃん!二年生はまだ授業の時間でしょ〜?」
「俺は最後の授業が先生の都合でなくなったんできただけです。マナさんと一緒にしないでください。部室をサボりに使うなんて今度からダメダメマネージャーって呼びますよ。」
「ひどい!ミス梟谷と名高い美人マネージャーにそういうこと言う?」
「自分でいいますか…」

軽く睨まれながらもその視線を受け流し隣に座る。

入学して部活を選ぶとき、強豪ってイケメンが多そうというなんとも短絡的な理由でマネージャーになった。入ってすぐにそんな色恋にうつつを抜かせるほど強豪のマネージャーは甘いものじゃないことを身をもって知ることとなる。それでも負けず嫌いが発揮して必死に食らいついていった結果、私もすっかりバレー馬鹿になっていた。今は思い描いてたもとのは違うけど毎日は楽しく充実している。

試合で行く場所で、弱い高校のやつほどナンパしてくるものだからある種の発見器だななんでネタにされることがあったりして。相変わらず生活態度は不真面だけど私もすっかり丸くなったらしい。だって好きな人のタイプも今までと全くちがうそれだから。

「もうちょっとチャラチャラした人が好きだったんだけどなぁ〜」
「なんの話ですか?」
「私のタイプの話?」
「聞いた俺が馬鹿でした。」
「赤葦は私みたいのは苦手なタイプでしょ。」

座って何かしらやっている赤葦が返事をする前にいいよ分かってるからと背中を叩いた。

自分でいうのもアレだけど顔立ちは整っている方だと思う。それはまぁ今までの経験から。ただこのお世辞にも上品とは言えない性格のせいで私の好きな人には全く好評じゃないらしい。その証拠に赤葦は今もなにかの作業をしていて私の方は見ようともしない。

「さっきから何やってんの?って…もしかして爪磨いてる?」
「みての通りです。」

机にプリントを広げダラけていたから見えなかった赤葦の手元を乗り出して見てみれば彼は熱心に爪を磨いていらところだった。ボールコントロールが重要なセッターにとって爪はとても大事なものだ。ただ身長180cmの体育会系男子が真剣にヤスリで爪を磨いているのはなかなかシュールな光景で、笑いが堪えらない。

「…マナさん、声出さなくても笑ってるの分かってますから。邪魔するなら追い出しますよ。」
「あはは、ごめんごめん。初めて見たからつい…」
「これけっこうめんどくさいんですよ。」

そういいながらもその手つきは丁寧だ。なんか可愛い。少しやりにくそうな姿を見て、ピーンと私は閃いた。ガサガサとカバンを漁って発見したそれをかかげてみせる。

「これ女の子のネイルの爪磨きなんだけどこっちの方が使いやすいかもよ?」

**

爪切りについてる爪磨きと違い両面あるこれは初めてだと確かに使い方が分からないかもしれない。ぎこちない手つきでやってるのを見ていられなくなった私は今向かい合って赤葦の爪を磨いている。

「綺麗な手ぇしてるね。さすが我らがセッターさま。」
「テーピングしてるからじゃないですか。」

初めてちゃんと触れた赤葦の手は想像よりも大きくて綺麗だった。ちょっとドキドキするかもなんて思いながらそれを隠すように手元に集中してしゅりしゅりとヤスリを滑らせる。人の爪をやるのなんて初めてだから楽しくなってきちゃって黙々と手を動かしてしばらく沈黙が続く。そしてポツリと赤葦が口を開いた。

「…苦手じゃないですよ。」
「は、えぇ?」

いきなり声をかけてくるから変な声が出てしまった。ちょっと自分の世界入ってたしマヌケな顔してなかっただろうか。

「さっきの話。ちゃんと答えてなかったんで。」
「タイプの話?」
「第1印象はともかく、マネージャーの仕事はきっちりやってくれてるじゃないですか。」
「その第1印象がすごい気になるんだけど。」
「…。」
「無視!」
「とにかく、マナさんが頑張ってることも破茶滅茶なだけじゃないこともちゃんと知ってるから苦手な訳ないですよ。」

目線を上げると優しい顔で笑っている赤葦がそこにいた。たまにこうやって優しいこと言うのずるいなぁ。そして予想外に近い距離にちょっとびっくりして、思わず手が止まってしまう。

「どうしました?」
「あ、ううん。そういうところ好きだなーって。なんだかんた優しいよね赤葦。」
「どうも。」
「軽いね!?」
「いや、マナさんのことだからあんまり信用できないなと思って。」
「バレー部入ってそういうのやめてるって言ったじゃんか。」

もーとか何とか言いながら、また目線を下に戻す。こんな風にふと漏れる本音は真面目な赤葦にとっては冗談にしか聞こえないんだろうし。我ながら損なキャラだと思う。

最後の指を終えてはい終わりと粉を叩いた。手を離して立ち上がろうとした瞬間、伸びてきた赤葦の手が私の手を掴む。引かれるままにストンとまた同じ場所に腰を下ろした。

「マナさん。」
「えっ、と…あ!まだ足りないとこあった?」

掴まれた手首が熱を持ちその動揺をかくすようにわざと明るい声を出した。手を引っ込めようとしたんだけど赤葦は力を込めて離してくれない。射抜くような視線と交差して心臓の音が大きくなって行く。

「マナさんが本気なら俺だって本気で返します。」
「どういう意味…?」

言ってる意味が理解できず赤葦を見つめ返す。私だって馬鹿じゃないからこの空気の意味を察することができる。可愛げがないけどでもきっとそうだ。これはもしかしたらもしかするのかもしれない。

「俺は…」
「あ〜!!!お前らいつの間に!?」
「ばっか木兎!入るなっつったのに…!」

赤葦か何か言おうとしたまさにその時ドスンと荷物の落ちる音がして同時に木兎の大きな声が響く。瞬間的に手を離して振り返ると、木兎が眼をまん丸にして立っていて後ろには申し訳なさそうなほかの3年が。なんてタイミングで来てくれたんだろうか。

どういうことだと喚き散らす木兎を木葉達がおさえさっきのなんとも言えない雰囲気は消えてなくなってしまった。赤葦を見ればはぁぁと大きなため息を吐いて俯いてしまう。

「あ、赤葦…?」

おそるおそる声をかけるとチラリとこちらを見た後私の耳に顔を寄せて、

「続きはまた今度。」

赤葦にしては意地悪そうな顔をしてそう一言だけ言った。

「…ぼ、木兎のばかぁ〜!!!」
「なんだよマナ!俺はただ、っていたたたた…」

勢いよく立ち上がって木兎を全力で叩きながら私はその今度が早く来たらいいなと願うのだった。


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