▽ ブルーマンデー
一週間がやっと終わって、友だちと遊んで過ごす週末。楽しかったなと余韻が残る中、その後にやってくるのは月曜日。今日からまた仕事が始まると憂鬱な人が多いからきっとブルーマンデーなんて呼ばれてる。
「っ、ふぁ〜」
やっぱり月曜日はなかなかエンジンかからないななんて思いながら我慢できない盛大なあくびをひとつ。決して不真面目なわけじゃないし仕事は好きなんだけどなんで週初めってこうなのかな。週休3日ならいいのになんて考えていると視線を感じて向かいのデスクに目を向けると怪訝そうな顔でこちらを見てる同期が1人。
「なに〜?」
「いやさぞ楽しい週末だったんだろうなって思っただけ。」
「あくびくらい許してほしいなぁ。蛍だってしていいんだよ?」
「僕はマナとは違うからね。」
それだけ言ってまた自分のパソコンに向き直す蛍は月曜日だというのに朝から真剣に仕事に取り組んでいる。いやそれが普通なのかもしれないんだけど。そう言っても私だって仕事は好きだしやる気はある。ただ遊びがあるから仕事ががんばれるのだ。いいこと言った。仕事を嫌いにならないためにもガス抜きしながらやっていきたいなっていうのは私の持論。
最近はすっかり疎遠になっているけど昔はよく蛍とも飲みに行っていて。もっと言えば、もう少し表情も豊かだったと思うんだけどな。いつの頃からか見るのは真剣な顔か難しい顔。仏頂面ともいう。
「ねぇねぇ。ちょっと笑ってみて?」
「…突然なに。」
「いやほら、笑ったほうが月曜日の憂鬱も少しは軽くなるかも!」
「マナじゃないんだから何もないのに笑えないし。それに憂鬱なのはマナでしょ。」
「いろいろひどい!」
ハイハイと私の訴えを冷たくあしらった蛍は今度こそ視線をパソコンに写して無表情に早変わり。そろそろ周りの視線も気になってきたから仕方なく私もパソコンに向かい自分の仕事を始めた。
**
「待って!乗りますっ!」
早く帰りたかったのに残念ながら珍しく残業になってしまった。オフィスを出て蛍が先に乗っていたエレベーターに手を当てて無理やり駆け込めば分かりやすく蛍が嫌そうな顔をする。ごめんごめんと背の高い蛍の隣に立って下から覗き込むと別にと視線を外されてしまった。嫌味を言われないだけいいこととしよう。
「残業なんて珍しいんじゃない?」
「私だってやるときはやりますよ。でも明日もあるから切り上げてきたとこ。」
「マナってストレスとは無縁そうだね。」
降りていくエレベーターの数字を見つめながら言われたのは失礼極まりない言葉だった。どれだけ能天気なやつだと思っているのか。
「私にだって人並みにストレスくらいあるよ!でも蛍に比べたら少ないのかも。うまぁく発散できてるって言って欲しいなぁ。」
「まぁそうなんだろうね。」
「つまり、蛍は発散できてないってこと?」
私の質問には答えず一階に着いたエレベーターのドアが開くと蛍はそのまま出口へ歩き出す。今までの流れから察するに蛍はストレスが溜まっていると。たぶん。でもだったらやることは1つしかない。慌てて小走りで後を追ってその大きな背中に追いついたところで蛍の手を後ろに引いた。一歩後ろに下がって私の顔を見て驚いた顔をしてる。
「ストレスフルな蛍に今日は付き合っちゃうよ!」
「は?」
「最近飲んだりしてなかったしたまにはいいじゃん!いこ?」
「待って今日まだ月曜日なんだけど。あと4日仕事があって僕はマナみたいに…」
「そんな年寄りみたいなこと言わないでよね。」
「ちょっと、」
嫌がる蛍を無視して駅と反対方向に向かって手を引いた。講義の声が聞こえてくるけどそんなの知らないふりをして足を進める。こんな憂鬱な月曜日だからこそ楽しいことをしなくちゃ。
**
「んー、やっぱ仕事した後はビールだね!まさか月曜日だから飲まないとか言わないよね?」
「さすがに分かってるよ。」
勢いのまま連れてきたのは私がよく来る会社の近くの落ち着いた雰囲気の居酒屋でカウンターに通された。ギリギリまで入るのを渋っていたのは言うまでもなく。出てきたジョッキを合わせて乾杯すると蛍は声に出さずとまおいしさを噛み締めていて少しホッとした。
「ふふ、よかった飲む気満々で。」
「嫌いな訳じゃないから、お酒。でも一緒に飲むの久しぶりだよね。」
同期なのにこうして飲むのは久しぶりでまして2人でなんて何年ぶりだろう。それぞれ任される仕事も増える中、年とともに明日のことを考えるようになってしまうのはしょうがないことなのかもしれない。
「蛍はもったいないなぁ。もっとにこやかだったらきっとモテるのに。」
「それ僕じゃないでしょ。」
「あはは、確かに!」
背も高くてモデル体型で仕事もできるなんてモテる要素しかない蛍に女の子の影がないのはあまりにもいつも塩対応だからだ。砕けていく女子社員を何人見たか。仲が良すぎる同期の忠とデキてるんじゃないかなんて噂になる程。色々と心配だ。
「今日はぱぁっと飲もう!月曜日だからとか言っちゃだめだからね!」
「はいはい」
それから美味しい食事を堪能しながら、社内のことやくだらないことで笑い合う。お酒の力もあってか会社よりもだいぶ砕けた表情で笑っているのをみてなんだか嬉しくなる。この時間を楽しんでるのは私の方かもしれない。
「久しぶりに素で笑ってる蛍みたなぁ。」
「いつも仏頂面みたいに言わないでくれる?」
「仏頂面だよ!毎日パソコンと睨み合ってるじゃん!」
「仕事してるんだから当たり前デショ。」
気兼ねしない居心地のいい時間。私と同じように今日は少しでも蛍が軽い気持ちになってくれたらいい。それで、たまにはこんな月曜日もいいかもって。
「たまにはこうやって飲んで、愚痴でも聞くからさ。あんまり無理して溜め込まないでね。」
枝豆をつまんでいる蛍に身体を向けて笑えば彼は一瞬止まり、視線を逸らす。そして小さな声でありがとうと言った。
**
帰り道、火照った体には気持ちいい風が通り抜けて行く。終電が迫っているから早足で歩きたいだろう蛍の少し後ろをゆっくりと歩いていく。帰るのがちょっと名残惜しいななんて。振り返った蛍は時間、と腕時計をトントンと叩いた。
「乗り遅れるから少し急ぐよ。」
「ねぇ蛍。」
「なに?」
「こんな月曜日もたまにはいいでしょ?」
と私は得意げに笑ってみせた。
「毎日むすっとしてるよりも今のほうが全然いいよ。蛍いい男なんだから。」
ポロっと出た言葉ははお酒のせいなのかなんなのか。久しぶりにゆっくり話せて居心地がいいって思ったのは本当。ずっとそうやって笑ってたらいいのにって思ったから。これがどういう気持ちなのかはお酒が抜けてから考えることにしよう。
「そうだね。マナとだったらたまにはいいのかも。」
少し間を空けてからそう言った蛍は暗闇でも分かるくらい柔らかな表情をしていた。その素直な言葉と顔にどきりとして。私はそれを誤魔化すように行こうと言って早足で蛍に追いつき、さらに追い越そうとしたときにぐい掴まれた腕。
「付き合って。」
「っ、」
「二次会。まだ飲み足りないんだけど。」
思わずポカンとして蛍の顔を見れば、口開いてると笑われてしまった。ブルーマンデーはまだ終わらない。
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