short | ナノ


▽ やさしいはじまり


3月の体育館は春といえどとても寒い。全校集会はいつも寒くて手がかじかんでしまうし、動かず立っているせいで足先からどんどん冷えてしまう。いつもはそんな風に早く時間が過ぎることを祈るだけの場も、卒業式の今日だけはまだここから離れたくないとみんな涙が止まらなかった。

校内ではみんなそれぞれ卒業アルバムを手にメッセージを書いてもらったり、写真をとったり、後輩たちは勇気を出して憧れの先輩の制服のボタンをもらいに行ったりと賑わっていて。私はクラスの友達と一通り写真を撮り終えた後屋上へと足を向けた。

「最後かと思うと考え深いなぁ。」

誰に言うでもなくつぶやきゆっくりとドアを開けたら誰もいないいつもの見慣れた屋上だった。フェンス越しに景色をながめていると後ろからドアの開く音がした。

「なんだ先越されたな。」

振り返ればそこにいたのは万里だった。よくよくその姿を見ると卒業生用に胸に刺してあった花やネクタイに校章、あとボタンも無くなってるみたいで朝見たときとは違っなんだかヨレヨレ。卒業生なのになんでかボロボロで笑ってしまう。

「なんだよ?」
「いやだってなんか色々なくなってて…あはは!」
「むしり取られたんだよ。女子マジで怖え。」

げっそりした顔で隣に座る万里を見たらさらにおかしくて声に出して笑うと睨まれてしまった。

「人気者だね。」
「俺の意思はほぼ無視されてるけどな。あのままだと文字通り身包み剥がされるところだったわ。」

怖いから逃げてきたなんてため息を吐いているのを見るによほど壮絶だったんだとうかがえる。後輩にとったら普段怖くて話しかけられなくても卒業式の勢いならなんでもできるんだろうな。だって今日を逃したらもう会えなくなってしまうんだから。

「お前ほんとここ好きな。」
「気持ちいいから。万里もでしょ?」

本当は屋上は立ち入り禁止。私は鍵が壊れている窓からいつもこっそり入り込んでいた。だから最初誰もいないはずの場所で昼寝をしていた万里に出会った時はかなりびっくりしたのをよく覚えてる。

「楽しかったね。」
「…そうだな。」

いつかまたここに来ることがあっても見える景色はきっと違うんだろう。

「役者、本気でやるんだよね?」
「…負けたくねぇ奴らがいるからな。」
「がんばってね。応援してる。」
「さんきゅ。」
「…。」
「っておい。」

隣に座った私の頭に飛んできた肘ががクリーンヒットする。痛い!と頭をさすりながら横をみると眉間にしわを寄せている万里がいた。

「なんでもうお別れだねみたいな空気になってんだよ。」
「だって卒業式だから…」
「いやそれはいいけど俺ら付き合ってるよな!?」
「うんもちろん。」

笑って見上げると目を丸くしたあと万里は大きなため息を漏らして脱力するみたいに肩を落とした。

「別れ話かと思ってビックリしたわ!」
「ごめんごめん。なんかセンチメンタルになっちゃって。」

全然そんなつもりはなかったけどなんだか雰囲気にながされてしんみりしちゃったというか…ごめんねって笑いながら肩に頭を寄せるとどちらともなく自然と繋いだ手。本当にこうして2人でおしゃべりしたり喧嘩したりこの屋上は思い出がたくさんだ。

「やり残したことはない?」

学校という場所に万里はあまり思い入れがないようにみえていた。劇団に入ってからはちゃんと授業に出るようになったけどトータルで言えば万里は教室より屋上にいることのほうが多かったんじゃないかと思う。でもお芝居に出会ったことでかなり丸くなって喧嘩もしなくなったし、学校でも楽しそうにしている姿も増えたから今どんな風に感じているのか少し気になった。

私の質問に万里はそうだな、と前を向いて考えて、答えを待っていると繋いだ手と反対の手に腕をグイと引き寄せられた。体制を崩して万里の胸に倒れ込み、驚く私をみてその口角が上がる。

「屋上でイケナイコトとか?」
「なっ…!私真面目に聞いたのに!」
「真面目に答えてっけど?」

間近に迫った顔を押し退けて勢いよく立ち上がる。振り向けばケラケラ楽しそうに笑っててまたからかわれたんだなって思って。せっかくの卒業式なのに雰囲気は台無しだ。ちょっと悔しくて不貞腐れているとずいと目の前に拳を突き出してその手が開かれる。なにかと覗き込むとそこにはボタンが一つ乗っていた。

「俺の戦利品。ブレザーだから第2ボタンとかあんまり関係ないかもしんねぇけど。」
「いいの?」
「当たり前だろ。マナのためにとっといたんだし。」
「嬉しい。ありがとう。」

卒業式なんてめんどくさいといいつつもちゃんと考えてくれてたんだと自然と頬がゆるんでそのボタンを握りしめた。

「ね、高校楽しかった?」
「まぁそれなりに。」
「ふふ、素直じゃないなぁ。咲也くんと真澄君のおかげだね。」
「それだけじゃねぇよ。」
「そう?」
「マナがいたから。」
「万里…」
「かもな?」

終わりの春、始まりの春。きっと万里にとっては後者の方が大きいのかもしれない。

「寂しいかもしんねぇけど、笑って卒業しようぜ。」

立ち上がった万里が私の手を引いて引き寄せられるように向かい合う。目が合えば頬に手が添えられて触れるだけのキスが落ちてきた。そうして照れたように柔らかく笑った万里はどこか大人びてみえて。

間も無く外から私たちを探すたぶん咲也君のおっきな声が聞こえて静かな時間は終わりを告げる。なんだかんだきっと真澄君も一緒いるねと言えば俺もそう思うなんて万里が答えて2人で肩を揺らす。

いつか今日の写真をみて懐かしむ日がくるのなら、万里の言う通り笑顔の方がずっといい。まださくらが咲くには時間があるけれど吹いてくる風は冷たいけれど春の匂いがして季節の終わりと始まりを告げていた。


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