シュガー | ナノ

 瑠璃川幸

幸のことを男の人として意識したのはいつだっただろう。私なんかよりよっぽど女子力高くてかわいくて。夢に向かってまっすぐで好きなものを胸を張って好きと言える子。でもその反面他の人と少し違うことを貫くことは私が想像してるよりもずっと強い気持ちが必要だと知った。それに気づいたとき幸のことをすごくカッコいい男の人って意識し始めたんだと思う。

「ごめんお待たせ。」
「ううん全然。時間どおりだ、よ…」

寮の前で待ち合わせてその声に振り返ると目を丸くした。だってだって、いつもとは違うメンズライクな服に身を包んでいたから。黒のキャップなんてはじめて見たかもしれない。もちろんこういう感じもすっごく似合ってるけどいつもと違いすぎてびっくりだ。

「幸どうしたの!?」
「そんなに驚かなくてもいいでしょ。俺だってたまにはこういう服着ることもあるし。変?」
「変じゃない!すごいかっこいいよ。」

私の返事に安心したように小さく笑ってじゃ行こうと幸は歩き出した。どうしたのかと考えて思い当たるのはこの前のデートのときに幸が妹に間違えられたこと。友達ではなくよりによって妹と言われて態度には出さなかったものの少し、いやとても落ち込んでいてような気がする。実際私の方が年上だし身長も同じくらいだからはたからはそう見えるのかなって程度の認識だったのと幸がいつも通りだったから気に留めてなかった。でもたぶん思った以上に引きずっていたのかもしれない。


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むしろ上機嫌に見える幸とセレクトショップにやってきてあれやこれやとお買い物をする。色々話したいと思うのにうまく聞けないままいつものノリでつい流されてこれ買うねなんてレジに並びお会計を済ませる。幸とするお買い物は楽しくなっちゃうから困るなぁ。でもちゃんとあとでゆっくり話聞いてみないとだ。

何かあった?は変かななんて考えながら最後に出口見送ってくれた店員さんにお辞儀をすると、目の前の彼女はニコニコしながら、

「ご兄妹ですか?妹さんかわいいですね。一緒に買い物なんて仲良くて羨ましいです〜」

といった。私たちの空気が凍ってピキっと幸の顔にヒビが入ったような気がしたからとっさに指を絡ませ、ずいと店員さんの前に歩み出る。

「彼氏です!」
「ちょ、マナ…」

それだけ言って焦った店員さんの声を背中に聞きながら驚いた様子の幸を引っ張って歩き始めるのだった。


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近くにあった公園までやってきてベンチに座りずっと黙っている幸の顔を伺うように覗き込む。

「さっきの気してる?」
「別にいつものことだし。」

幸はそう言いながらも浮かない顔をしていて、繋いだままの手に力を込めると幸も優しく握り返しちらりとこちらを見てから小さく息を吐いた。

「…嘘。けっこう気にした。ただでさえマナの方が上だし。」
「幸の方が精神年齢よっぽど上だよ?」
「それは確かにそうだよね。」
「ちょっと!」

幸は落ち着いていて、周りの目なんて気にしなくて、私よりもなんなら年上だと感じることの方が多い。だからこんな風に2人でいるときにどう見られるか悩んでいたなんて少し以外だけれどそれはきっと私のためだ。

「わ、私はね、幸が幸だから好きになったんだよ。見かけとか人から言われることとかどうだっていいし私にとっては幸が誰よりもかっこよくって、自慢の彼氏でみんなにもどんどん紹介していきたいくらいだし!あとは…」
「待って。」

まだまだ言おうと思った言葉は幸の手によって遮られる。

「声大きい。」
「ごめん…」
「でもありがと。#name1#の気持ちは分かってるつもり。」
「ほんと…?」
「マナは気にしないって分かってるけど俺は一応『彼氏』で男だから。この前妹とか言われたし、たまにでもちょっとはそれっぽくみられたいって思ったんだよね。まぁ失敗したけど。」

悩ませちゃってたんだと反省しなきゃいけないのに、でも幸が私のために普段だったら絶対選ばない服をデートのために着てきてくれて、彼氏として隣に居たいと思ってくれて、それがどうにもうれしくて緩んでしまう頬。そんな気持ちが全部顔に出ていたのか幸は私を見てからキャップを深く被り直して顔を隠した。けれど隠しきれない耳が少し赤く染まっていて。

「私ね幸らしくいてくれるのがいいな。」
「うん。」
「あと幸の可愛いところも好き!」
「それはあんまりフォローになってない。」
「え、そう!?」

可愛いものが好きだけれど可愛いと言われるのはいやなのかな?私が思うよりも幸の心は複雑らしい。

「マナがいいならいいのかな。」
「うんっ、そうそう!それが言いたかったの!私だけが幸のかっこよさを知ってれば十分だよ?」
「…そういうこと、よく恥かしげもなく言えるよね。」

言葉とは裏腹に幸の口元は笑っていた。顔を上げた幸と視線が交差すればどちらともなく笑い合う。

「みてて。」

キャップを外した幸がこつんと額を合わせた。

「あっという間に大人になって誰にも兄妹なんて思わせないから。」

至近距離で見えた幸の瞳はいつもより鋭い男の人のそれで、なくなっていく距離に私は静かに目を閉じる。



好きだよ



それはささやくような、私だけに聞こえた彼の熱。