シュガー | ナノ

 摂津万里

「万里君万里君!」

お休みの日、勢いよくドアを開ければソファで携帯をいじっていたらしい万里君の肩がビクッと跳ねた。サプライズ成功だ。十座君もいるかと思ったけど今は留守にしているみたい。

「ノックぐらいしろっつうの!心臓に悪いわ!」
「ごめんごめん。部屋にいるって聞いたからびっくりさせようと思ってっ。」

近くまでいくとここの寮のセキュリティーはどうなってんだなんてブツブツいいつつも万里君は怒ったりしないで私の分のスペースを空けてくれれた。優しいなぁなんて思わず顔がにやけつつ隣に腰を下ろす。

付き合ってしばらくたつ私たち。ついこの前いつでも来ていいって言ってくれたから今日さっそく寮に来てみると、ちょうど入り口で出かける途中の太一君に会った。遊びに来たと伝えると万ちゃんなら部屋にいるっすよ〜と言われそのまま部屋に通してくれたのだった。その経緯を話すとマナが居ることになんの違和感もなくなってんななんて万里君は苦笑いをしてる。

「んで?」
「ん?」
「なんか話あるから来たんだろ?」
「そうなの!あのね今日デートしてくださいっ。」

腕を引っ張ってそう言うと万里君は目を丸くした後小さく息を吐き優しく笑う。

「どっか行きたいとこあんの?」
「なんで分かったの!?」
「それ。」

指を指されたのは私の手の中にある雑誌。あ、すっかり隠すの忘れてた。さっきたまたま買ったこの雑誌に期間限定のカフェが載ってたんだよね。目当てのページをめくった私は見て!と開いてみせた。

「ここ!カップル用のパンケーキメニューあるんだよ。一緒に行きたいなぁって…」
「あーなる。つかそれめちゃめちゃ甘そうだな。」
「ダメ?」
「まぉ休みに家にいるのももったいねーし行くか。」
「やった〜!」

万里君きっと半分も食べなそうだから私食べちゃお。ワクワクしながらお店の場所を携帯で調べ始めると頭に万里君の大きな手が乗ってポンポンと撫でられる。子犬みたいだななんて笑われたけど万里君に言われると嫌じゃない、なんなら褒められてる気になってくる。

「もう行く?」
「いやまだ昼前だし少しゆっくりしてから行こーぜ。」

立ち上がったところで引き止められてもう一度座り直した。肩を引き寄せられて顔を上げると万里君の手が私の前髪をゆっくりと撫でて、唇にリップ音が落ちる。

「っ、」
「はは、照れすぎ。いい加減慣れろよな。」
「だ、だって…好きな人なんだもん、何回やってもドキドキしちゃうよ。」
「へ〜。好きな人って?」

顔を覗き込まれればさらにドキドキして身体が熱くなっていく。恥ずかしいから顔を背けようとしたんだけど後ろに回った手がそれを許してくれず探るようないじわるな瞳が目の前に迫る。これは言わないと終わらないやつだ…!こういうときの万里君から逃れるすべを私は知らない。いつも余裕でちょっとズルいと思う。

「マナ」
「し、知ってるでしょ?」
「具体的に。ちな俺が好きなのはマナだけど?」
「っ〜〜、ばんりくんが好きだから、だよ。」
「よくできました。」

コツンと額が合わさるとともう一度唇に温かい感触。こんなのきっとこれからも慣れることなんてないと思う。だって触れられるたびに、名前を呼ばれるたびにもっともっと好きになっていくような気がするから。恥ずかしいけど嬉しくてもっと触れてたいって少し矛盾してるのかな。

苦しくなるくらいの長いキスの後、離れた瞬間目を開くと視線が交差する。もうちょっとって思ったけど口にするのは恥ずかしくて見つめてみると万里君が一瞬目を見開いたと思ったら手が伸びてきて私の両目が塞がれてしまう。目の前が急に暗くなったものだからびっくりしてその手を取ろうとしたら動くなと言われてしまった。

「その顔禁止。」
「え、分かんないよ。どんな顔?」
「分かんなくていい。」

真っ暗な視界の中え〜と不満の声をあげても答えてもらえず。ひとまず手をどかすと万里君が逆のほうを向いてしまった。

「万里君…?」
「こっち見んな襲うぞ。」
「万里君なら喜んで!」
「おま、せっかく人か我慢してんのそういうこと言うんじゃねーよ!」

私の言葉に反応して万里君がバッとこっちを向いたからえへへと笑うと眉を寄せてから困ったように笑う。ぎゅっと抱きつくと服越しに万里君の胸の音が聞こえてきて、それは私と同じくらいに早かった。万里君私のこと好きだなぁなんてちょっとうぬぼれちゃって含み笑いが止まらない。

「だー!もう行くぞ!」
「ゆっくりするって言ったのに〜」

突然私を引きはがすと万里君は上着を持ってそそくさとドアに向かって行ってしまった。慌てて後に続いて追いついたところで万里君がピタリと止まったものだから背中に勢いよくぶつかってしまう。忘れものかとおでこを抑えながら見上げると真っ直ぐこちらを見つめた万里君が近づき私の耳に顔を寄せた。

「帰ったら覚えとけよ?」
「っ、な、なにを…」

低い声で囁かれ再び赤くなって戸惑う私を見て満足そうに笑った万里君はそのまま手を絡めると今度こそドアを開けて歩き出す。帰ったら一体なにをされるんだろうと考えたけど頭が沸騰しそうなのでやめておいた。今はパンケーキのことだけ考えよう、それがいい。

部屋を出たところには入るタイミングを失った顔を真っ赤にした十座君が立っていて喧嘩になったのはそのすぐ後なのだった。