ここで君に焦がれる




ふと、過去を思い返すことがある。
懐かしさをもってそれに浸る程年を重ねたかな、と自嘲気味に小さく笑う。
病弱で身体も小さかった。
それでも仲間外れにされたくなくて、足手まといだと知りながら、
(目の醒めるように赤いあの髪を)
ずっと追い掛けていた。
懐かしいなあ、と目を細めて見下ろすのは、名前も知らない誰かの屍。
闇の中にぬらりと光る赤黒い液体が、あの赤い彼を思い出させる。
(愛しい、な)
きっと彼に知られれば気を悪くするだろう、血を連想させる髪は年を増すごとに深く深くなっていくようだったから、余計に。
とてもアサシンとは思えない緩慢な動作で、そんな思考に耽りながら短刀をしまう。
音も無くその場を後にして、月明かりの下、点在する闇を縫うように走り抜けた。
(早くかえりたい)
風が刺すように冷たい。
何処へ、と自問が頭痛を呼ぶ。
(家に)
あの頃へ、と昔の自分が呼んだ(気がした)。
何も知らず無垢で繋いだ手さえ離さなければあたたかく守られていた、あの頃。
離れてからどれくらいあの手に触れてないだろう。
気の遠くなる程長いようで、目先に霞が掛かった気がした。

「……あいたい」

小さく呟いた。
任務中に声を出すなんて有り得ない。
だからこれは失格だ、アサシンとして在るべきではない。
だからと言って戻れもしないことも。
充分に知っているのに。

「…………ギロロくん」

耳をつんざく警報が鳴り響いて、反射的に背後を振り返った。
遠くから怒声のような濁った音もする。
予定より露呈するのが早い。
が、これくらいは予想の範囲内で、焦らなければ充分に逃げられる。
走りだして、強く、唇を噛んだ。
(ギロロくんギロロくん)
声を出さずに、名前を型取る。
呼べば振り返って手を引いてくれた。
遠くへ遊び行く時も、悪戯にくっついて行って、慌てて逃げる時も強く。
(ギロロく、ん)
現実と混濁していく思考とを、背後からの殺気が正しく隔てる。
ぴりぴりと肌を粟立てる程の殺意が、背中にぴったりと張り付く。
手を引いてくれる人はない。
ひとり。

(この世界はいつ終わるだろう)

逃げ切れないかな、と思った矢先に何か刃物が頬を掠めて飛び去った。
甘く見ていたか腕が鈍ったか。
零れそうになる苦笑をどうにか押し留めて、敵方に体を反転させた。


(いつか君とまた笑える日が来るなんて、空想さえも出来ないよ、ギロロくん)


生き残る為に、殺す覚悟は出来た。
僕は戦場に居る。


(君と生きて出会いたくて)


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