■愛してるじゃ足りない

赤い赤い、それは俺の中で唯一気高さを失わない色。
生きている証。体温。触れ合う肌から伝う温もり。愛しい愛しいアンタの。
(こんなんどうかしてる)
嘲笑う。何を?誰を?ああ、俺をか。
狭い世界の中に身を浸して生きて来た。
狭めたのは自分自身。拒絶。全てを拒んで呼吸する。
(本当なら酸素すら必要ない)
何もかもが目障りで耳障りでしかない。
要らない。何も要らない。そう世界を嗤った。
なのに。なのにアンタは。
「クルル」
呼ぶ声。名前を呼ぶ声。呼ばれた先。視線で辿る先。赤い赤い、戦場を舞う赤。
耳朶に触れた低音。不快じゃない。苛立つ程に安堵する。可笑しい。また嘲笑う。

欲 し い も の は 一 つ だ け 。

(そんな陳腐な台詞、口が裂けても云わないけれど)



■不器用なひと

やり切れない思いばかりが思考を巡る。
何故、同じ地を踏む事を許されないのか。
戦闘の最中に彼のサポートをするのは自分ではない、彼を良く知りもしない誰かで。
戦闘データだけでこの人を測ろうとする阿呆共に苛立ちを隠せない。
「アンタが死んだら誰を恨めば良い」
「莫迦者、判り切った事だろう」

他 で も な い 俺 を 恨 め ば 良 い 。

(ああ、このひとは嘘でも生きて帰ると云えないのか!)



■まるで子供の様に縋るから所詮は夢だと笑えなかった

「せんぱい、」
その声は何故か酷く掠れていて聴き取るのがやっとだった。
どうした、と宥める様に背中をそっと擦れば小さく身体が震える。
「俺が怖いのか」
「違う」
「じゃあ、何で震えてる」
「俺は、」

ア ン タ を 失 う 事 が 怖 い 。

(夢を見たんだ、アンタを失う夢を)



■はいはい、は危険信号

「だから仕方ないと思うんですよ」
「何が、どう、仕方ないんだ」
「俺がアンタに触れたいのも、抱き締めたいのも、キスしたいのも、アンタの事が好きだからって事」
「つまり、貴様の行いを許せ、と?」「先輩にしては話が早いっすね、まぁ、そうです」
「莫迦か、断る」
「えー、つまんなーい」
「煩い、黙れ」
「はいはい」
ちゅ。
「!んん、っ」

キ ス の 合 図 。

(っ、クルル!)
(ん?ああ、もう一回?)
(………埋めるぞ?)



■喉笛

手首を捕らえて壁に縫い付ける。
困惑した顔に泣きたく為った。
どうした、と小さく問う唇を自分のそれで塞ぐ。
一瞬見開かれた瞳に目の奥に熱が溜まる。
舌先で唇をぺろり、と舐め、その擽ったさに出来た僅かな隙間を縫う様に口内に侵入する。
舌先が触れ合い、温度差に目眩がした。
「んんっ、」
甘く掠れた低音が更なる目眩を呼んで、(ああ、このひとは俺を殺すなんて酷く簡単に出来てしまうにちがいない)なんて思った。
きつく閉じられた瞼の向こう側、瞳の色を思い描きながら、呼吸すらも奪う様に何度も何度も口付ける。
ずるり、と力の抜けた身体が壁に凭れた。
酸素を貪り上下する肩。
無防備に晒された喉笛に噛み付く。
「っ、!」
息を飲む感覚が生々しく伝わって、それにほくそ笑んだ。

こ の 儘 喰 ら い 尽 く し て し ま お う か 。

(せんぱい、せんぱいせんぱい)

■あまりにも鮮やかだから

刺激の欠片もない死にそうな日々。生きる気力も無さそうな奴らばかりの不健康な場所で。
ひとりのふおんぶんしをみつけた。
(見た目は普通なのにねぇ)
此処に来た経緯は知らない。ただ、よく笑う奴だと思った。
(気に入らねえなあ)
ぽたり零れた嫌悪がじわりと広がる。それは染み込んで消えない憎悪。
と同時に興味が沸いた。
(ああ、堪らない)(この場所でまた研究対象足るものに出会えるなんて!)


黄赤で閉鎖病棟パロディ?
赤は新参者。



■不可能を可能に

せんぱい、好き、愛してる。
眉間の皺が深まる様すら愛しく感じる。
戯言だ、とアンタは云うけれど、この想いはその程度で覆るものじゃない。
知らないんだろ、アンタはさ。
俺がどんだけアンタを好きか、なんて。
知らなくて良い、と思う事をアンタは身勝手だ、と責めるだろうけど、愛情なんてものは所詮与える側の自己満足に過ぎない。
(少なくとも、俺はそう、思う訳で)
「アンタと俺は別もので、だから、判り合えるなんて微塵も思ってない訳なんですよ」
だから、この感情も理解されるとは思っていない。

結 局 は 全 て を 判 り 合 う な ん て 不 可 能 だ か ら 。

(だからこそ、全てが欲しく為る)



■都合の良いお耳をしてらっしゃる

初めはこのひとの笑う顔が好きに為れなかった。
戦場の赤い悪魔と畏怖される戦士にしては幼く、脆さの滲むそれに、何故か胸が軋んだ。
少し癖の在る髪を一房掬い口付ける。
形の良い眉が僅かにひそめられた。
嫌悪とはまた異なる、そんな視線に安堵を覚える。
好かれなくとも嫌われなければ良い、と云う訳では決してないが、こちらを見据える視線に宿る色に嫌悪さえ滲まなければ、俺はまた同じ行為を繰り返すだろう。
(いや、嫌われてても関係ねーか)
口付けた一房をくるり、と指に絡めて笑う。
表面上には相手を皮肉る様に。
内面的には自分を嘲る様に。
「せんぱい、あいしてる」
「………ばかもの」

ど ん な 言 葉 も 睦 言 の 様 に 甘 い 。

(ああ、あたまわいてんな)



■違えられた約束

心音はもう聴こえない。
とくんとくん、と脈打つ根源が力尽きてしまったから。
温もりも失われて、当然今では俺の体温の方が高い。
存在を象る赤は、記憶の中のものより幾分か色褪せてしまっていて、消失感に拍車を掛ける。
今は鮮明な記憶を、俺はいつか欠片も思い描けなく為るんだ、と思うと身体が震え出した。
泣きたく為る程に冷たい手を、握る。
「アンタは、約束を違えられないひとだと思ってました」
違えないのではなく、性分的に違えられない不器用なひとだ、と。
「いつだって、アンタは約束を守るから、今回も当然守られるもんだって思ってたんです」
約束を絡めた小指に唇を寄せる。
唇に一瞬だけ触れる、冷たい感触。
「最後の最後にそれを覆すなんて、」
聴こえない心音、体温をなくした身体、色褪せた赤色。
「アンタは酷いひと、ですよ」

お い て き ぼ り 。

(現実に心を潰される音が、聴こえた)



■やられっ放しは性に合わない

一度視界に入れば、惹き付けられずにはいられない。
その鮮やかな色は戦場を舞う。
勝利を呼ぶ色だ、絶対的な程の勝利を。
どんな劣勢でも覆す赤色に惹き付けられて止まない。
初めは何れ程までに冷酷なひとなのだろう、と思っていた、それなのに。
「アンタが余りにも柔く笑うものだから、俺は途方に暮れたんですよ」
触れる事を躊躇う程、この目に戦場の赤い悪魔は儚く映った。
莫迦な話だ、このひと以上にこの世界で確かなものなど在りはしないのに。
燃える様な赤がこのひとの存在を脳裏に深く刻む。
「戦場でのアンタと普段のアンタがかけ離れ過ぎてて、たまにアンタが判らなく為る」
「貴様にも判らない事が在るんだな」
「それがアンタの事だから気に喰わないんすよね、せんぱいってばムカつくなー」
「そう拗ねるな」
「うわー、何すか、その余裕の笑みは」
「ははっ」

ム カ つ く 笑 顔 。

(宣誓)
(?)
(今から全力で先輩に仕返しする事を誓いまーす)
(なっ、)
(よーし、がんばるぞー)
(何だその棒読みはっ、こら、止めんかあっ)



■喜ぶんだろう、か

あいしてる。
甘い囁きが耳朶に触れ、鼓膜を震わせ、能を揺さぶる。きつく抱き締められて呼吸すらままならない。
あいしてるあいしてる、あいしてる。
何度も繰り返される囁き。乞う様に絡み付く両腕。僅かに震えている体温に胸が締め付けられる。
あいしてる、せんぱい。
ああ、知ってる。そう小さく呟いた。背中に腕を回して柔く撫でる。唯、それだけしか出来なかった。

愛 し て る と 返 せ た な ら 。

(どんな顔をするんだろうな、貴様は)



■ゆびきりげんまん

もう二度と開くことのないかの様に重く閉ざされた瞼。しかし、規則正しく上下する胸部がそれを否定した。傷痕の走る左頬に手のひらを添える。皮膚越しに伝わる高い体温を一撫でした。僅かに身動いだ温もりに口元が緩む。

「なぁ、せんぱい」

閉ざされた瞼の裏でどんな夢を見ているのかを知ることは出来ない。全てを把握したい、と云う願いは尽きる事を知らずにこの気高いひとを侵蝕しようと企てる。決して汚れることのない赤を望んでいるのは自分自身だと云うのに。

「俺以外の奴に汚されたら殺します、よ」

額に、頬に、唇に、ゆっくりと口付けて行く。返事が返らぬのを良いことに約束を取り付ける。気高いひとと自分の小指を絡め合わせて。



■誤魔化す様に抱き締める腕の力を強めた

泣かないで下さい。アンタに泣かれるとどうして良いか解らなくなる。こんな情けない思いを俺にさせないで欲しい。唯でさえ俺はアンタより年下で、どんなに足掻いてみたところでアンタに追い付くことなんか出来ないから。頼むから、なぁ、せんぱい。(抱き締めたのは、アンタの泣き顔を見てられなかったから)



■この腕をすり抜ける

「せんぱいがすきです。あいしてます」
触れた指先。絡め合う。
「どこにもいかないで。ここにいて。ずっとおれのそばに」
お願いだから、と。乞う様に。
「たのむから。おれのいけないところにいくな、よ」
温もりは今確かにこの腕の中。けれど、このひとは、。



■いかないで

「すまない」
違う違う、と首を振った。
そんな悲しげに笑って欲しい訳じゃない。
そんな泣きそうな声を聴きたい訳じゃない。
唯、俺は腕の中の温もりを繋ぎ止める術が知りたいだけ。



■素直なお口

首を絞めてしまえばアンタは俺だけを見るだろうか。きつくきつく、その双眸で俺を睨み付けてくれるだろうか。アンタの肺を擽る酸素すらも俺を苛立たせて仕方ないんだ。この苛立ちを判って欲しい訳じゃない。理解なんて求めてはいない。そんなものでは俺は満足出来ないから。唯、アンタが俺だけに囚われてしまえば良い、と思ってるだけなんだ。唯、それだけの事なのに何故叶わないのか。

「どうしてかな、せんぱい」
「貴様が莫迦だからだろう」
「えー」
「と云うか、物騒な思考を垂れ流しにするなっ」
「意思表示は大事かなって思って」
「されても断固拒否に決まっとるだろうがっ」
「あ、黙ってやれば良いのか」
「良い訳在るかあっ!」



■悴む指先

「さむいさむいさむい」
「うるさい」
「だって、さみーもん」
「ふん、なんじゃくなやつだ」
「さむい、せんぱいあっためて」
「くたばれ、ほろびろ」
「いや、ほら、ぎゅー」
「だきつくな、うっとうしい」
「せんぱいあったけー」
「ひとのはなしをきけ」
「あー、しあわせ」
「くるしい」
「しあわせとはくるしいのです」
「いみがわからん」
「うん、おれも」
「………、」
「そんなびみょーなかおしないの」
「だれがさせてるとおもってる」
「ん、おれさまー」
「…つかれる」
「なんじゃくですね」
「ころしていいか?」
「せんぱいがころしてくれんなら、よろこんでころされたげますよ」
「ばかもの」
「あんたもたいがいな」

随 分 と 寒 く な り ま し た ね 。

(風邪には気を付けましょう)



■髪

瞳を細めて、口許を歪める。
相変わらず嫌みったらしい笑みだ、と思った。
ふわふわ、と柔らかな髪を手で梳いてやれば、喉を鳴らして笑う。

「アンタ、俺の髪好きだよな」
「ああ、髪はな」
「素直じゃないね、せんぱい」
「貴様は自惚れ過ぎだ、莫迦者」

誘 わ れ る が 儘 に 手 を 伸 ば す 。

(その髪にそっと口付ける)



■肌

ひた、と肌に指先を這わせた。
求めていた温もりに触れる事が出来る。
それだけで死んでも良い、と思えてしまう自分は随分と手軽なおとこだ、と思う。
何故、こんなにも求めてしまうんだろう。
頭で理解出来ない事は余り好かないが、躊躇う前に身体が動いてしまうのは本能としか云いようがない。
本能がこのひとを欲している。
それだけで充分だ。
触れる理由を尋ねられたら、
「欲しいから」
と答える他ないんだ、俺には。

求 め て し ま う 罪 深 さ 。

(その意味をアンタは知っているだろうか)



■これは別れのキスではない

肌に指を這わせて温もりを確かめたかった。まるで稚拙な愛撫の様に傷痕を撫で、赤く染まる頬に口付けたかった。
「せんぱい、」
温もりは絶え、撫でた頬は青白い。手のひらから伝わる現実を上手く飲み込めない。重く閉ざされた瞼に口付け、唇もやはり冷たい感触に触れる。
「せんぱい、め、あけて」
震える声を誤魔化す様に唇に自分のそれを重ねた。縋る様に抱き締めても、抱き返してくれる腕はなく。

(目覚めのキスが通じるお伽話の世界に行きたい)



■知りもしないのに欲した

指先が柔らかい部分に食い込む感覚。
それは確かに自ら体感しているものなのに何処か傍観者を気取る自分がいた。
苦しげに歪む表情が自分の中の空虚を埋めていくのに対して、無抵抗な儘の肢体が苛立ちを募らせる。
細くなっていく呼吸が空気を震わせた。
あとほんの少しだけ力を込めれば、このひとは俺だけのもの。
もう少しで望んでいた事が叶う。
それなのに指先に込めた力を緩めた。
「せんぱい、」
ひゅっ、と掠れた音が耳朶に触れる。
彼の肺に送り込まれたであろう酸素に嫉妬した。
「うけいれることが、あいとはかぎらないんだぜ?」
愛を知らない自分が愛を語る。
酷く胸糞悪い話だ。

(愛とはどんなものですか)



■赤い花

あの花は、もう枯れてしまっただろうか。

機械に埋もれた冷たい部屋でひとり、回転椅子に腰掛けながら、おとこは冷めた珈琲に口を付けた。
口の中に広がる苦味も慣れたもので、眉ひとつ動かす事はない。
飲み干したカップの底をぼんやりと見詰め、くるりと椅子を回転させた。
すると、不意に血を彷彿させる様な赤がおとこの脳裏を過ぎる。
がしゃんっ、と派手な音を立ててカップが床とキスをし、その音が機械音の中で妙に響いた。
無惨に砕け散った破片が眼鏡のレンズに映るが、レンズの向こう側の双眸はそれを捉えてはいない。
双眸を僅かに見開き、おとこは掠れた声を絞り出した。

「せんぱ…、い?」

(何故、貴方がいないの)



080517
080517
080520
080612
080622
080626
080706
080713
080721
080721
080813
080815
080816
080905
080907
080925
081002
081004
081004
081013
081102
081123
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