言の葉に踊らされて
彼は遠くを見るのが得意なひとだと思う。触れ合える程近くにいるのに、ふたりの距離をこんなにも遠く感じさせるなんて。どこまでも果てしなく酷いひとだ。
赤い髪が鈍く煌めいて、仄かに日に焼けた肌が太陽の匂いを纏う。その双眸が捉えるのは遠い空の彼方。風に泳ぐ雲は遠ざかり、彼はそれを視線で追い掛ける。
遠い遠い、ここではない何処かを見ている。
(んな遠い目してんじゃねぇよ。こっち見ろ!)
姿の見えないものに彼を攫われてしまうのではないか、と。そんな馬鹿げた不安を拭う様に彼の頬に触れた。
「せんぱい」
呼び掛けに応える様に彼の双眸が自分の姿を映し出す。自分より高い体温が波立つ心を宥める。彼の存在を直に感じて、自然と口元が緩んだ。
彼はちゃんとここにいる。確かに自分の直ぐ傍にいる。大丈夫だ。大丈夫。
その言葉が精神の安定を保つ薬であるかの様に何度も繰り返す。いつからだろうか。いつから、こんなにも弱くなってしまったんだろう。
彼がいないと俺は…
「どうしたんだ?」
「…アンタが遠いからムカついた」
「遠い?」
「ああ、あんま俺を苛立たせんなよ」
思いの外掠れた声が泣いている様で眉を顰めた。頬に触れる手のひらが、まるで彼に縋り付く様で無様だと思った。
レンズ越しにも彼の戸惑いは見て取れて、それでも彼は困った様な脆さの滲む微笑みをくれる。
頬に触れる手のひらに自らの手のひらを重ねて、
「俺はここにいる」
彼は俺の欲しい言葉を囁いてくれるんだ。
【言葉だけで満たされる程、子供じゃないけれど】
(それが誓いの言葉ならどれだけ)
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