いつか来るその時まで




穏やかな獣は柔い微笑みを貼り付けて、言葉をひとつひとつゆっくりと紡ぎながら、ふたりの距離を詰めてしまう。
空を模した双眸に魅せられている間に、指先を耳の裏に滑らされた。
びくり、と跳ねた肩が無様で唇を噛む。
ふたりの距離が0になる前に自分より幾分が低い体温を両手で突っぱねれば、眼前の優しい微笑みが崩れ、悲しげに眉根が寄せられる。
泣きたいのはこっちの方だ、と怒鳴ってしまえば簡単なのかも知れない。
しかし、甘いと言われようが何だろうが出来ないものは仕方がないと思う。
彼に強く言えないのは、幼い頃からの悪い癖だ。
嫌?なんて首を傾げる様は、鋭い爪を隠し持っている事を微塵も感じさせない。
問いに無言を貫くと、耳の裏を漂っていた指先が首筋へと滑り、その後を唇が、正しくは舌先が辿る。
「っ…や、めっ」
湿った生温かい感触に肩が竦んだ。
逃げを試みた腰を容易に絡め取ったのは、悪戯に肌を擽る手とは逆の手で、そちらにまで気の回らなかった自分が腹立たしい。
腰に回されていた手のひらが徐に背中を撫で上げる。
思わず閉ざした視覚のせいで、不埒な手のひらの動きを敏感に感じ取ってしまう。
喉元で獣がひっそりと笑った気がした。
「可愛い」
「!だっ、れがっ…」
「ギロロ君が」
顔を上げて、獣が双眸を細めて笑う。
さも当然かの様な口振りに軽く眩暈がした。
おとこに可愛さを感じるなんて、しかも相手が自分と言うのがそもそも可笑しい。
(そうか、何となくそうかも知れないとは思っていたが、コイツは趣味が悪い!)
いつの間にか床に押し倒される形になり、覆い被さる影を睨み付けた。
突っぱねる両手は既に意味もなく、まるでこちらから縋っている様にも見える。
眼前には、至極の笑みを浮かべた獣が一匹。
「ギロロ君は可愛いよ。ずっと離したくない。僕だけのものにしたい」
甘い言葉を何度囁かれたか判らない。
いつか、この砂を吐く程の甘さに殺されてしまうのではないだろうか。
空を模した双眸が酷く嬉しそうに笑う。
その双眸に自分が映る事で胸が締め付けられる。
どんなに足掻いても逃げ場などないのだ、と諦めにも似た吐息を溢した。
「俺も」
「ん?」
首を傾げる動作は、やはり獣には不釣り合いな幼さが滲む。
その様に苦笑し、そっと耳元に唇を寄せた。

「俺も離れたくない」

見開かれた双眸に自然と口端が吊り上がった。
湧き上がる高揚感は、幼い頃の悪戯が成功した時のものに似ている。
唇に食らい付かれたのを切っ掛けに、両腕を獣の首に回した。





【今はこれが精一杯の愛】



(愛してる、はもう少し待って)



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