勘が鋭くても恋愛には疎いんです




心地好い微睡みの中を泳ぎ、おとこはとあるひとの名前を呼ぼうとしていた。
そのひとはおとこがこの世でたったひとり愛するひとで、そんな風に想えるひとの名前をおとこが忘れる筈がない。
なのに、おとこはそのひとの名前を呼ぶ事は叶わなかった。
理由はとても単純明快で、そのひとの名前を呼ぶ前に微睡みから無理矢理引っ張り出されてしまったからだ。
おとこは名前を呼ばれて覚醒した。
おとこがゆっくり瞼を開けると、まだぼやける視界に少し目つきの鋭い赤いひとがそこにいた。

「…はよ、せんぱい」

根っからの軍人である彼が、仮にも作戦会議の最中に船を漕ぐ後輩の弛んだ態度が気に食わないのも頷ける話だと思う。
しかし、彼の咎める視線は慣れっこで特に気にも留めずにおとこはひとつ伸びをした。
そんな様子に呆れた様な溜め息を溢し、咎める視線が外された。
相も変わらず重要性に欠ける会議は退屈なもので、伸びひとつでは眠気を完全に飛ばす事は出来ない。
込み上げる欠伸を堪える事もせず、ぼやけた視界がまた広がる。
再び微睡みに足を踏み入れれば、今度こそ愛しいひとの名前を呼べるんだろうか、なんて思いながら、音にせずにそのひとの名前を呼んでみた。
―ギロロ、と。
普段は「せんぱい」と呼ぶ彼の名前を現実でなく夢で呼ぶのは、ある種の抵抗の様なものだった。
自分が抱いた感情を素直に受け入れるのは、とてもじゃないが釈然としない。
餓鬼っぽくても意地がある。
おとこのプライドは決して低くはないのだ。
芽吹いた感情とプライドとを天秤に掛けて、今は辛うじてプライドが勝っている。
飽くまでも今は、だ。
いつ均衡が崩れても可笑しくない微妙な状況を噛み締めて、もう一度そのひとの名前を唇だけで象った。
すると、とある視線と自分のそれが絡まった。
柄にもなくおとこの心臓が跳ねる。
絡まったのは、先程外された視線。
即ち、おとこの「愛するひと」の視線で、所謂「せんぱい」の視線で、要するにたった今おとこが唇で名前を象った張本人の視線だった。

「今、呼んだか?」
「…っ、」

まさか過ぎる彼の問いに、思わずがたっと勢い良く椅子から立ち上がる。
勢いついでに後ろへと傾いた椅子が、派手な音を立てて床と口付けた。





【以心伝心アイラブユー】



(結局は駄々漏れ)



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