ひっかき傷
夕日色を西へ西へと追いやって、藍色からやがて闇は深くなる。地平線に消えた夕日の名残も消え去り、頬を撫でる風が冷たさを増した。一瞬、それが自分の頬に触れる指先の体温を思わせて、笑った。
空に浮かび始めた星を見上げる。吹く風の音に幾つもの星の名前を教えてくれた彼の声を重ねた。彼の指がどの星を指し示しているか判らずに苦笑する事も少なくなかったが、その静かに流れる時間を好ましく感じていたのは事実だ。
吐き出した吐息が白く染まって、消える。
星の明かりは酷く頼りなかったが、瞼を閉じてもその輝きは消えない。穏やかであるのに獰猛な彼の様だ、と思った。鋭い爪を隠し持っている癖に、彼は行儀良く切り揃えた爪で治りの遅いひっかき傷を残す。癒える前に新たな傷が刻まれて、いつしか、この顔に走る傷痕よりも深いものになるかも知れない。そんな予感がした。
「厄介だな」
【君と言う存在を刻まれる痛み】
(それが嫌じゃないなんてどうかしてる)
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