僕の正気を繋ぐ君と言う存在




聴こえているか、
届いているか、俺の声は。

声が震えた。
その余りの不様さに唇を噛む。
込み上げる吐き気を堪える為でもあったのかも知れないし、目の奥に溜まる熱を誤魔化す為でもあったのかも知れない。
爪が皮膚に食い込む程にきつく手のひらを握る。
不甲斐ない自分への憤りなのかも知れないし、現実からの逃避を企てようとする思考への戒めなのかも知れない。

「弱さや脆さを認めない限り、ひとは強くはなれないんでありますよ」

その言葉を深く胸を抉った。
抑揚のない声色を紡いだ唇は微笑を湛える。
そこに幼馴染みの面影はない。
おとこは静かに戦場に在り、その両手を赤く染め上げた。
おとこの瞳の奥にくすぶる仄暗い炎を見た。
ぞくり、と肌が粟立つ。
喉の粘膜に水分が足りないのか、酷く痛みを訴える。
嚥下する唾液の一滴さえ口内には残っていない。
おとこの名前を呼びたかった。
奴の名を呼んでしまいたかった。
(そう、すれば)

「ケ…、っ!」

瞬間、開き掛けた口を手のひらで覆われた。
仄暗い炎が眼前に迫る。
湛えられていた微笑は掻き消され、そこには切なげに眉根を寄せたおとこがいた。

「呼ぶな」

小さな声だった。
小さく、縋る様に切ない、それでいて揺るがない声。

「呼ばないで、ギロロ」
「っ、」

何て酷いおとこだ、と詰ってやりたかった。
何故、名を呼ばれる事を拒絶しながら俺の名を呼ぶのか、と。
何故、俺だけが正気を保たねばならないのか、と。
何故、貴様が狂気に溺れて行く様を傍観しなければならないのか、と。
何故、
(共に行こう、と言ってくれないっ)
わなわな、と肩が震える。
これは怒りなんだろうか。
衝動に身を任せて眼前のおとこを殴れば、この感情は消えるだろうか。
おとこは、俺の知る幼馴染みに戻るだろう、か。

「ギロロ」

ごめん、とおとこは続けた。

「ギロロだけはこっちに来ないで欲しい」

おとこの目に涙は浮かんでいなかった。
唯、その声だけが泣いていた。

「身勝手だって自分でも判ってるであります、けど」

一瞬、瞳の奥にくすぶる仄暗い炎が和らいだ気がした。

「今だけで良い、から」





【君はまだそっちにいてよ】



(戦場で俺の正気だけが取り残された)



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