幸せが苦しいの




一緒に寝て欲しいと駄々をこねて、腕の中に引き摺り込んだ。

ベッドの上に横たわる肢体。
散らばる燃える様な赤い髪がシーツの白に良く映える。
綺麗だ、なんて柄にもなく思うのは、このひとに対してだけだ。
余程眠りが深いのか、浅く上下する胸部に頭を擦り寄せても、重く閉ざされた瞼が開かれる事はなかった。
戦士にあるまじき無防備さに溜め息にも似た笑いを零し、心臓の真上に耳を当てる。
皮膚越しに伝わる心音と温もりが心地好い。
顔を上げると無防備な寝顔に迎えられた。
規則正しい寝息が薄く開かれた唇から漏れる。
上体を起こして高い体温に覆い被さり、指先で前髪を音もなく払い除けた。
表れた額に唇を寄せれば、僅かに身動ぐ肢体に愛しさが膨らむ。
噎せる様な甘さが喉の奥で支えて、軽く眩暈がした。
それを払拭するかの様に、額から頬に傷痕を辿りながら何度もキスを贈る。
払拭する所か更に眩暈を呼ぶと気付く頃にはもう遅く、加速する感情に歯止めが効かない。
手のひらで首筋を撫で上げて、指先で耳の形を確かめて、舌先で傷痕を撫でる。
ん、とくぐもった低音が耳朶に触れると思わぬ衝撃が脳を揺らした。

「…くそ、」

可愛い声出してんじゃねーぞ。
舌打ちは虚しく響き、それに反応したのかうっすらと開いた瞼から不安定な視線が覗く。
未だ微睡みから抜け出せずにいる双眸がこちらを捉えたと思えば、添えていた手のひらに頬を擦り寄せられた。
息が詰まる程の甘さが思考を殺しに来る。
寝ぼけているんだ、判ってる。
普段ならこんな甘えた仕草なんて微塵も見せない。
このひとが、こんな。

「くるる」

こんな甘い声で俺の名前を呼ぶなんて、有り得ないのだから。
ふつふつ、と湧き上がる感情に名前を付けるとしたら、きっと、それは自分には好ましくないもので。

「あー、」
「ん?」
「もう、何かやだ」
「くるる、どうし…んっ」

甘ったるいのも、幸せなんてものを感じるのも、それがこんなに苦しいのも、全部全部このひとが悪いんだ。
衝動に身を任せて噛み付く様に口付ける。
見開かれた瞳が驚きと困惑に揺れ、やがて合わさった唇の隙間から漏れる甘い声。
思考が上手く働かない。
縋る様に白衣を掴んだ手のひらが示すのは、拒絶かはたまた別の何かか。
それすらも、俺には良く判らなかった。





【甘く名を呼ばれるだけで】



(衝動が牙を剥く)



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