だって、愛してるもの




最近、このひとと過ごす時間が増えた。

別々の作業をしながら、同じ空気を吸う。
作業の合間に直に床に座る相手に近付いて、作業の邪魔をしたり、からかったり。
そんなこんなな毎日が当たり前になって、今日もそれは変わらない。
煮詰まった作業を中断して、相手と向き合う形で床に座った。
視線がこちらを捉えたのを確認して、笑う。
顔の傷に指先を這わせる。
眉根を寄せて、露骨な程に渋い顔をする癖に、指先を払い除ける事をしない。
そんな事だから、年下の俺なんかが付け上がるのだ、と知らぬ訳でもないだろうに。
完全な拒絶をこのひとはくれない。
触れても、抱き締めても、口付けても、拒絶の中に結局は何処か隙がある。
拒む事さえも戯れの様な、こちらを焦らしている様にも思える。
けれど、不器用なこのひとがそんな器用な真似を出来る筈もなく、多分、俺の杞憂に過ぎないんだろう。
(多分、と付け加える時点で俺の負け、か)
最近は毎日の様に一緒にいるのに、正直、俺はこのひとの事を図り切れないでいた。
不器用で、単純で、怒らせる事なんて簡単で、けど、不意に俺の知らない顔をする。
直ぐ傍にいるのに、まるで世界の裏側、宇宙の果てと果てにいる様に、遠く感じる。
莫迦げてる、と自身を笑っても、その感覚は拭えずに思考を蝕んで行く。
このひとの全てを把握していたい、と願う欲が溢れて、

「っ、…」
「あ」

我ながら間抜けな声が出た。
指先に込めた力が過ぎて、爪が頬に食い込んだ。
痛みに歪んだ表情と爪で破った薄い皮膚からじわじわ、と滲み出す赤が目を惹く。
仄かな血の臭いにくらり、と目眩がした。

「痛いだろう、莫迦者っ」
「あー、ごめんなさい?」
「謝罪するなら気持ちを込めんかっ」
「せんぱいったら嫌だな、込めてる込めてる」

睨み付けて来る双眸にへらり、と笑って、滲む赤を指先で拭う。
その際に傷口に触れてしまったのか、ぴく、と微かに跳ねた肩に加虐心を擽られた。
このひとに取っての惨い仕打ちとは何だろうか、と考える。
根っからの戦士で在るこのひとの痛みに対する耐久性は並みじゃない。
と、すると、
(はずかしめること?)

「んー、辱め、ね」
「は?」

ぽかん、と僅かに開かれた唇を塞いでしまいたい衝動が走った。
指先を移して、血の付いたそれで唇をなぞる。

「クル…ル?」
「はあい?」
間延びした返事を返して、紅を引いたかの様な唇に自分のそれを寄せた。
ふ、と空気の漏れる音と見開かれた双眸に瞳を細める。
(隙だらけで、簡単に殺せそうだ)
甘い、このひとは、本当に。
一瞬だけ重ねた唇を離して、頬の傷口に舌先を運んだ。

「っ、やめ…っ」
「はいはい、暴れないの」

今まで身動ぎすら忘れていた癖に、急に暴れ出そうとした身体の両肩を掴んで押し倒す。
余りに簡単に床へと倒れた赤色に逆にこちらが驚く。
ここは俺のテリトリーで、言えば俺の思うが儘の空間。
俺を拒絶するなら、先ずここに来なければ良いんだ。
押さえ付けただけでは、未だこちらが不利だと知っているから、手っ取り早く動けなくしてやろう。
(隊長に頼まれて作った下らない発明品か、薬か、ああ、それとも)

「せんぱい」

自分でも驚く程、甘い声が出た。
一瞬、相手の動きが止まる。
くつ、と喉を振るわせて笑う。

「酷くしたら、ごめんなさい?」





【全部、暴いてあげる】



(んな怯えた顔されると、期待に沿いたくなるじゃないですか)



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