不安の波に飲まれぬ様に
言葉のない抱擁にどう応えれば良いのか判らない。
骨が軋む程強く抱き締められている訳じゃない。
その腕を振り解こうと思えば、いとも容易く抱擁から解放されるだろう。
包む様に身体に巻き付く腕と体温に心地好さを感じて、振り解く所か抗う事すら忘れていた。
降り積もる静寂の中、どちらのものとも判別出来ない心音と僅かな息遣いだけが鼓膜を侵す。
とくんとくん、と規則正しく刻まれる音に耳を貸しながら、与えられる体温を持て余した。
いっそ、何も出来ずにいる腕を背中に回してみようか。
そんな事を考えていたら、不意に音が落とされた。
せんぱい、と小さく吐き出された声。
声を聴く事自体、随分と久しく感じた。
せんぱい、せんぱい。
ぽつりぽつり、と落とされる音。
頼りなげなそれに、らしくない、と笑ってやれば良かったのかも知れない。
そうすれば、いつも通りに皮肉のひとつやふたつ返って来ただろう。
けれど、そうしなかった。
何故かは判らない。
判らない、としか言い様がなかった。
腕を持ち上げて、まるで子供をあやす様に軽くぽんぽん、と背中を叩く。
微かに跳ねた身体。
突き放されるかとも思ったが、結果的に腕の力が更に込められる事となった。
「せんぱい」
「ん」
「せんぱい、せんぱい」
「ああ、ここにいるから」
【漠然とした不安】
(アンタが好き、だ)
(………莫迦者)
(酷ぇの)
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