Good Boy!



「ふわふわしてきもちいい」
とろけた声色が鼓膜と頭蓋骨を震わせた。耳の神経がそれを電気信号に変換して脳へと伝える。音としての認識。聞き慣れた低音が柔らかさを孕んで、違和感よりも愛しさから生まれる衝動が神経をざわつかせる。抱き締めたい、とか、キスしたい、とか、ひとがそんな衝動に駆られていることなんて微塵も思っていないのか、ふにゃり、そう表すのが最も適しているであろう笑みを浮かべて、そのひとは指先で俺の髪を弄っていた。身体をベッドの上に投げ出し、片腕だけを持ち上げている様は酷く無防備で、顔の横に手を突いて見下ろしても微塵も警戒しない彼に内心溜め息を吐く。夢に片足、いや、確実にそれ以上を突っ込んでいると推測される彼の双眸は声色と同じくとろけて、辛うじて俺を映してはいるが、きっと現実と言う認識は全くないに違いない。彼がアルコールを受け付けない体質なのは重々承知だ。呑まないのではなく呑めない。判っている、判っているがしかし、ただ一言言ってやりたい。
アンタ酔ってんだろ、と。
髪を指先に絡めるだけではもの足りなかったのか、彼は次に手のひら全体で髪を混ぜるように撫でて来た。撫でると言うより乱すと言った方がしっくり来るような手付きだが、どうも邪険に出来ない。わしゃわしゃと髪を乱されながら、飼い主に風呂で身体を洗われる犬の気持ちってのはこんなんなんかね、と言うくだらない疑問も浮かんでは直ぐに消えて行く。気が付けばもう一方も加わって、両手で乱されてしまえば文句を言おうにも今更な髪型の出来上がりってなもんだろう。多分、寝起きより酷い。されるが儘、ただ無防備な笑顔を見下ろしていると、不意にぴたりと彼の両手が止まった。それと同時に見下ろす笑顔が徐々に薄れる。
「せんぱい?」
どうかしたのか、と尋ねるように語尾を上げる。彼はぱちぱちと瞼の開閉を繰り返し、ぽつりと呟いた。
「随分とぼさぼさだな」
「いやいや、やったのアンタだから」
ひとごとのような顔をしている彼に未だ頭の上にある動かぬ証拠を指し示した。今正に気が付きましたな表情を浮かべた犯人が、悪かった、と随分と素直に謝罪して来たかと思うと、今まで髪を乱していたその両手で今度は逆に髪を整えられる。指に髪を梳かれる心地好さに思わず目を細め、飼い主に毛並みを梳かれる犬の気持ちってのはこんなだろうな、と思い、そんな自分に苦笑した。



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