酷く、耳障りな音だと思った。
浮かれた、聞いているこちらが不快になるほど、浮かれた音。それを発している正体は知れていて、そちらを一睨みするが、目に痛いほどの青が音に合わせて揺れて、その調子外れとも取れるリズムに苛立ちが増すだけだった。
「おいこらこの駄目上司が」
苛立ちをその儘に鮮やかな青に罵声を投げる。敬意の欠片もないそれに罪悪を感じることもない。麻痺した、と言うよりも、この上司に対してはもとより持ち合わせてはいないだけかも知れない。それだけ馴染んでしまったのだ、と言う事実が脳を撫でては自らを嘲笑う。深く長い溜め息を吐く。肺から二酸化炭素を吐き切ったのと同時に、ぴたりと鮮やか青が動きを止めた。澄んだ、とは言い難い、それでも忌々しいことに世界を遠くまで見据えているであろう双眸と視線が絡まる。
「幸せが逃げるぞ」
溜め息一つで幸せ一つが逃げる、とまるで幼子を諭すかのような口振りが耳を撫でた。
「馬鹿ですか、アンタは」
「嘘じゃない、ほんとに逃げるんだからな」
少しむっとした表情を象ってみせる、そんな子供じみた仕草は彼の緩みだ。優しさや甘さ、とも呼べるかも知れない。それを目の当たりにする度、苛立ちと共に胸部が疼くような痛みを走らせた。
(ああ、もう、だから嫌いなんだ)
机上に積み上げられた書類の山を滅茶苦茶に崩してやりたい衝動に駆られる。募る苛立ちは出口を探して彷徨い、ぐるりと身体を巡っては暗さを増して行った。内側でくすぶっては身を焦がす、これではまるで彼に恋い焦がれているようだ、と奥歯を噛む。それを悟られぬように、もう一つ溜め息を零した。
「あ、また」
「僕は好きで幸せを逃がしてるんですよ、逃がしたもので宜しければ貴方に差し上げますから、もういい加減仕事して下さい」

ねぇ、お願いですよ。
(これ以上苦しいのはごめんです)




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