濁る



ギロロは自分の髪の色が大嫌いだった。憎んでもいた。血を彷彿させる真っ赤なそれに吐き気すら催す程だった。
しかし、彼はその赤い髪を夕日の様で美しいと言ってくれた。それはギロロにとって救いであり、その言葉があったからこそ立ち止まらずに前を向いていられた。周りからどんなに皮肉を投げられても、決して屈する事はなかった。
ギロロの真実は彼であり、それ以外のものは必要ない。日に日にその思いは強くなり、強固たる信念を貫く事こそが彼に対する何よりの愛情だった。
ギロロは彼が好きだった。

ガルルが私室の扉を開ると、扉の向こうには窓辺に腰掛けるひとりの子供がいた。それは幼さを指すものではなく、ガルルにとってその子供はいつまで経っても“子供”なのだ。夕日を想わせる美しい赤い髪のガルルの弟。
彼は窓辺に腰掛けた儘、視線を窓の外からガルルに向けた。そして、顔を綻ばせる。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
ガルルが後ろ手に扉を閉めるのと同時に彼は床に降り立つ。窓が夕焼けに染まる空をくり抜き、差し込む西日に縁取られた赤い髪が揺れた。たっ、たっ、たっ、と軽快な足音が徐々に大きくなり、ついにガルルの眼前で止まる。
「聞きたい事があって」
「聞きたい事?」
「ああ」
不意に彼の右の手のひらが左頬を撫で、その感覚にガルルは目を細めた。
「目を、見てくれ」
促される儘、弟の双眸に視線を落とした。硝子玉の様な表面に映る自身と対峙する形になる。室内に差し込む西日が更に色濃くなり、逆光の中、彼は言葉を紡いだ。
「ひとを殺めると瞳が濁る」
ガルルの思考を言葉の響きだけが撫でて行く。数秒の空白の後、響きが意味を孕む。
「そう聞いた」
「誰に」
「あなたに」
「いつ」
「随分と昔になるが、確かにあなたは言った。だから聞きたい、俺の瞳は濁ったか?」
「…どう言う、意味だ」
「その儘の意味だ」
ガルルにとって彼はいつまで経っても“子供”の筈だった。しかし、どうだろう、今ガルルの眼前にいるのは、夕日を想わせる美しい赤い髪の、。
「俺はひとを殺したんだよ、兄ちゃん」

ギロロは自分の髪の色が大嫌いだった。憎んでもいた。血を彷彿させる真っ赤なそれに吐き気すら催す程だった。
しかし、彼はその赤い髪を夕日の様で美しいと言ってくれた。それはギロロにとって救いであり、その言葉があったからこそ立ち止まらずに前を向いていられた。周りからどんなに皮肉を投げられても、決して屈する事はなかった。
ギロロの真実は彼であり、それ以外のものは必要ない。日に日にその思いは強くなり、強固たる信念を貫く事こそが彼に対する何よりの愛情だった。
ギロロは彼が好きだった。
だからこそ彼に近付きたかった。
同じ場所に行きたかった。
だから、ギロロは、。

「訓練生の期間を終えた。あなたが戦場に赴いている間、俺は別の戦場にいた。そこで初めてひとに銃口を向けて引き金を絞った。死んだよ、酷くあっさりと」
ギロロの右の手のひらが、もう一度ガルルの左頬を撫でる。ひとを殺めたその手で、ギロロはガルルに触れた。
彼と同じ場所に立てた喜びを込めて。
「あなたは言った、ひとを殺めると瞳が濁る、と。俺には判らなかったが、私の瞳も濁ってしまった、と言った。あなたは苦しそうだった。そして、お前には私の様になって欲しくない、そう言ったんだ」
「…だが、お前は軍人になった、」
「ああ、そしてひとを殺した」
兄ちゃん、とギロロはガルルに笑いかける。
「俺の瞳は濁っただろう?あなたと同じ様に」
後ろ暗さ等微塵も感じない、心から溢れ出す歓喜だけがそこにはあった。



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