涙の理由



触れれば火傷してしまいそうな印象を与える鮮やかな赤色が、彼が小首を傾げることではらりと揺れた。その幼さの滲む仕草は、彼に告げれば怒りを買うだろうけれど、端的に言えば可愛い。何と言うか、こう、思い切り抱き締めたくなる。腕の中に囲って、僕以外誰も視界に入れないように、なんて、そんなことを少なからず考えていることが知れたら、きっと僕は彼に嫌われてしまうに違いない。僕は彼に嫌われたくはなかったし、正直なところ抱き締める勇気もなかった。無意識に彼の方へ伸ばした手も途中で止まる。僕には怖いことばかりだ。目頭が熱を孕んで、鼻の奥がつんとする。胃液がせり上がるような感覚に奥歯を噛み締めた。自分が情けなくて泣きたくなるなんて、それこそ情けない。徐々にぼやける視界、滲む赤色。
「何で泣くんだ」
低音が空気を震わせ、鼓膜を撫でる。涙が伝うのと同時に頬に触れた彼の指先が熱い。彼にしてみれば、突然零れた涙の、その理由なんて判る筈もなく、それに酷く安堵した。自分が情けなくて泣いてると言うだけでも十分なのに、彼に知られてしまっては情けなさが上塗りされてしまう。
「知らない、儘で、いて、」
泣いてる時点で今更だって判らない訳じゃないけど、やっぱり好きなひとに情けないところは晒したくない。途切れ途切れに言葉を紡げば、彼が不機嫌そうに顔をしかめた。
「なら、俺の前で泣くな」
「  、」
彼の突き放すような声色に肩がびくついた。ああ、泣いちゃいけないのに、と思えば思うほど涙は止め処なく溢れ出す。
「っ、ごめ…ん、ごめんね」
「……………」
「ご、めな…さ、」
「………嘘だ馬鹿」
「……………、え」
彼の指先が粗雑に眦の涙を拭った。それが少しだけ痛くて、でも、何も言えない。
「もう、泣くな」

不機嫌な表情はその儘、彼の低音は酷く優しかった。




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