願いごとひとつだけ



消毒液の臭いが嗅覚を麻痺させて、真っ白な部屋は何処か畏怖を覚えさせる。真っ白な壁、真っ白なカーテン、真っ白なシーツ。真っ白な世界の中、ベッドの上に横たわる赤が酷く異質に映った。ベッドの傍らにパイプ椅子を二つ並べて、ただ、待つことしか出来ない。無力だと思った。
「大事なのに守れないって悔しいね」
不意の呟きは左の鼓膜を撫でる。その消え入りそうな声色を辿れば、空色の幼馴染みは俯いた儘、膝の上できつく拳を握っていた。涙を堪えているのか、肩が微かに震えている。
「そうでありますなぁ、」
ぽつりと返し、ベッドの上へと視線を戻した。薄く上下する胸部を見詰め、安堵と同時に不安が頭を過ぎる。今回は生きて帰って来た。では、次は?考えたところで答えなど見付からない。不安を誤魔化すように一度きつく瞼を閉じる。ゆっくりと瞼を開けると、再び真っ白な世界が広がった。ああ、やっぱりここは好きになれないな、と思う。燃えるような赤が真っ白なシーツに痛い程映えて、しかし、それを素直に綺麗だと思えなかった。こんな真っ白な世界より、太陽輝く空の下こそ彼の赤は映える。だから、一刻も早く、ここから彼を連れ出してしまいたかった。その重く閉ざされた瞼を開いて欲しかった。
「守りたいなんて言ったら、きっと怒るんだろうな」
少し困ったような声色が、先程と同じように左を鼓膜を震わせた。
「ま、確実に拳が飛んで来るでありましょうな」
ふざけるな、と怒声が頭の中で響く。懐かしいと感じる程でもないのに、聞き慣れたそれが今は遠く感じた。
「でも、怒られてもいいから、目、覚まして欲しいね」
「だなぁ」
ベッドの傍ら、パイプ椅子に腰掛けて、おとこがふたり。願うことはただ、ひとつだけ。

(早く、その瞼を開いて)




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