愚かなおとこ



燃えるような赤い髪を指先に絡め、そっと口付けることが出来たなら、恐らく彼は泣いて私を責めたことだろう。何て酷いおとこだ、と。けして声を荒げることはなく、否、荒げたくとも嗚咽に消えて、やっとのことで絞り出したその声で、慰めならば要らない、と。貴方なんて好きにならなければよかった、と。私は、そんな彼の頭を残酷なまでに優しく撫で、引き金を絞るか、刃物で肉を裂くか、その程度のことしか上手く出来なくなった手を払われるんだろう。彼の、私と同等にひとを殺めることばかりに長けたその手で。ぱしりと乾いた音が私の鼓膜を撫で、まるで世界の軸がぶれたような錯覚すら覚えて、ふらついた足でどうにか身体を支え、ゆらりと彼との距離を保つ。用意されている流れはそんなものだ。しかし、私は彼の燃えるような赤い髪に指先を絡めはしないし、増してや口付けることもしない。彼の涙は私にとって、この世界で何より心を抉ってみせるから、私は彼を泣かせるようなことはしない。それは彼の為ではなく、自らの為の戒めであり、結局のところ、私は自分が可愛いのだ。傷付けたくないのではない。傷付きたくない。私は卑怯で、弱い。自分を守る術ばかり覚えた、愚かなおとこなのだ。
「私はお前に愛される資格なんてないんだよ」
自分でも随分と自嘲を含んだ声色だと思った。救いなのは、それが彼の耳に届くことがなかったことだろう。何か言ったか、と向けられる視線は過去を甦らせる。小首を傾げる仕草は幼い頃の儘、何も変わらない。ああ、愛しいな、と思った。ただ、それを口にすることしない。私と彼の愛しいと言う感情は、形だったり、重さだったり、求めるものだったり、表現方法だったり、そう言うものが異なる。それは擦れ違いを生み、最終的には牙を剥く。傷は増えるばかりで癒されることはない。戻れなくなる位ならば、始めから進まなければいいのだ。そう、この儘で朽ちて逝ければいい。私は兄で、彼は弟で、ふたりを繋ぐのは血だ。
「久々に手でも繋ごうか、と言ったんだ」
「…もう、そんな歳でもない」
「幾つになろうとお前は私の可愛い弟だよ」
ぐしゃり。音を立てて、彼の心が潰れた、気がした。眉尻を下げて、不器用に笑ってみせる様は、涙ほどの効力はないものの、私の心に傷を刻む。彼はもっと痛いだろうか。涙はない。後でひとり泣くのだろうか。
「ほら、おいで」
差し出した手のひら。私からとるのではなく、彼にとらせる。最低だな、と思った。おいで、ともう一度促すと、手のひらと手のひらが重なった。触れ合った瞬間、可哀想なほど彼の手が震えた事実を見ない振りした。
卑怯で弱い、私は愚かなおとこだ。



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