あれも駄目これも駄目



余りにも空が青くて、だから、おとこのことを思い出していた。おとこの空を模した双眸を思い出していた。
深く息を吸い込み、空を仰ぐ。肺まで青く染まるのではないだろうか、なんて馬鹿げたことを思うほど空は澄んだ青をしていた。
そうなったら君は僕のものになるのかな、とおとこが笑った気がした。いや、泣いた気がした。多分、どちらもだ。器用な奴だ、と笑う。
空には雲一つ見当たらなかった。

右隣の低い体温がこちらを覗き込むように上体を前方へと傾けたかと思うと、空を模した双眸と視線がかち合った。ふっと唇の隙間から吐息を零すようにおとこは笑い、空を模した双眸を細める。
「今日はどうしたの?」
「別にどうもしない」
「でも、君から会いに来てくれるなんて珍しい」
「そう言うときもある」
そっけなく返せば、浮かべられた笑みが戸惑いの表情に変わる。ぱちぱちと目を瞬かせ、こちらを探るような視線を寄越した。その視線に居心地の悪さを感じ、気にするな、と視線を逸らす。
「気にするなって言われても、」
気になるんだけど。珍しく拗ねたような声色が鼓膜を撫でた。子供じみたそれが何処か擽ったい。甘やかしてやりたくなる、そんな感覚だ。ああ、厄介だな。手のひらがおとこの頭を撫でてやりたいと疼く。
「ねぇ、気になるよ」
おとこが正面に移動したかと思ったら、くんっと服の裾を指先で引っ張られて、軽く眩暈を覚えた。幾つだ、お前。いい歳したおとこがそんな仕草をしたところで…、
「ギロロ君」
いや、首を傾げるな。ぐらぐらだか、ぐるぐるだか、眩暈が更に酷くなった。何だ、何なんだ。長年の付き合いになるが、こいつのこんな仕草見たことな…くもないが、それは子供の頃の話であってだな。だから、その、別に俺は絆されたりなんか…
「………、」
しない、と言えない自分が憎い。溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように、長く深い息を吐き出す。
「………んだから、」
「え?」
「空が青くて、お前の顔が浮かんだから、だから、顔を見に来た」
ただ、それだけだ。大した理由じゃない。大した理由じゃないから、口にするまでもないかと思ったんだ。もうどうにでもなれ、と吐き出して、すぐさま後悔の波が襲い来る。今の発言はアウトかセーフか。考えるまでもない、アウトだ。いい歳したおとこの発言じゃない。沈黙がいたたまれなくて、その場から逃げ出す算段をしながら、相手の隙を窺うようにちらりとおとこに視線を送った。
「…っ?ど、どうした?大丈夫か?」
視界に入り込んで来たのは、おとこの真っ赤に染まった顔だった。意味が判らん。
「っ、ぁー」
「ドロロ?」
微かな唸りを上げたかと思うと、おとこはずるずるとしゃがみ込んだ。こら、裾を掴んだ儘しゃがみ込むんじゃない、服が伸びるだろう。仕方がないのでおとこと同じようにしゃがみ、膝に顔を埋めているおとこの背中を撫でてやる。
「気分、悪いのか?」
大丈夫か、と声をかける。それにおとこの首が横に振られた。違うよ、とくぐもった声も同時に返って来る。じゃあ、何だと言うのか。
「ギロロ君、」
「何だ」
膝に埋めた顔を微かに上げ、おとこは視線でこちらを捉えた。気のせいか、常より少しばかり視線が険しい。眉根が寄っているからだろうか。
「そう言うの、気安く言っちゃいけません」
「は?」
「無自覚に口説いちゃ駄目」
「お前何言って…」
「兎に角駄目なの!判った?」
きっとおとこの視線が更に険しくなる。珍しい。珍しくて、思わず、
「あ、ああ、判った」
頷いてしまった。今更、何を言うのを禁止されたのかを尋ねられる雰囲気でもない。…まぁ、いいか。
「僕だから良かったけど、これがケロロ君とかだったら…」
「ん?ケロロがどうかしたか?」
「…何でもないです、」
何でもないって顔じゃないんだが。むくれたような表情も珍しいな、とおとこをじっと見詰める。すると、おとこの顔が徐に近付いて、それを自覚すると同時に唇に柔らかなものが触れた。
「っ!」
ちゅっ、と軽い音が耳を撫で、柔らかな感触が離れた。そして、次に耳を撫でたのは、
「僕以外を見詰めるのも駄目だよ?」

(僕、結構嫉妬深いんだ)




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