あの子はまだ子供のようだ



「…あいしてるよ」
酷く、もどかしかった。足りない何かは、到底今の自分に許容出来るモノではないと判っている。そしてもう一人の僕が苦しんでいる事も、知っている。沢山の記憶は僕が持って来てしまったから、それらが欠けた彼はきっととても不安定だ。
ぼんやりと波間を漂っているようなはっきりとしない意識の中で、気付けば彼に会いに行っていた。すっかり色の変わってしまった短い髪には違和感を覚える。あれが今の僕で、今の僕はデータの一部にしか過ぎなくて、意識どころか存在さえも不安定だ。
「あいしてるよ…ぼくの、きみ」
触れた頬に温度を感じないのは、僕の方が欠陥だらけだからかなと思った。でももしかしたら彼は僕で僕が彼だからかもしれない。そうだったら良いなあ、と願う。
くっつけた額から僕が消えるように溶けて、このまま全部無くなってしまうのだと感じた。そうしたら今の僕は前の僕のようになるのだろうか、何であれ幸せで居てくれればいい。全てに囲まれて暮らしていた僕は確かに幸福だったから、彼もそう在ってくれればいい。
重力も引力も感じない程に身体が軽くて、頭が正しく働かない。彼に溶けて、多分頬に触れていた両手も消えているのだろう。愛してる、の意味を込めて、彼の唇を撫でた。

暗転、後、目を開けたという意識は無かったのに広い背中が視界に飛び込んできた。瞬きをしてもそれは消えず、取り敢えず目の前の作業服にねえ、と声を掛ける。勢い良く振り返った彼は酷く驚いたような、泣きそうな顔で僕を見た。
「っ、あ……居たの、か」
「消えたと思った?」
問い掛けに、視線を反らされる。そういう性能なのかもしれないけれど、彼はとても分かりやすい。
「僕もだよ」
消えてしまうと思ったのに、相変わらず半透明ではあるけれど腕も足も付いている。髪色も変わっていないし、彼が何も言わないから多分顔も消えていない。
「…ただいま」
「あ、あぁ……おかえり。その…、良かった。心配した」
僕に帰る場所があるというのは何処か不思議な感覚だった。今のままでいい、と思わせてくれる優しさに、恐怖が過る。
「……オヤビンさん」
彼は嘘を吐かない。彼の傍では、驚く程意識が澄んで、呼吸が出来る。
「オヤビンさん」
知らず、声が震えた。きっとあの子が泣いている。そんな気がした。それに引っ張られてしまうから、だから僕も泣いてしまう。
僕は僕を愛しているのに、もう一度会いに行こうとすれば、足が竦んで動けなくなると何処かで確信する。
「僕は何だと思う…?」
自分の記憶から愛しいはずのそれらが抜け落ちている事に、僕は気付かなかった。それが僕を構成する全てであるはずなのに。
ゆるゆると消滅へ向かっていく身体に言い様の無い熱を孕みながら、涙で歪む視界をそっと閉じた。冷たく頬を撫でるそれが、紛いなりにも生きていると、僕を錯覚させる。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -