愛してるって言わないで



愛してると言う言葉が好きではない。
耳にする度、胸が音を立てて痛みを訴えた。かたい殻を突き破り、その向こうの柔らかな部分が抉られる。その実に不快な音は内側で響き、脳に直接語りかけて来ては、上手く働かない思考を嘲笑う。耳を塞いだところで外部からの音を遮断するしか出来ず、その音を更に鮮明にさせるだけだった。じわじわと首を絞め上げ、徐々に追い詰めるかのような責め苦に込み上げる吐き気をどうにか堪える。奥歯を噛み締めながら、頭の中で幼い頃の記憶を描く。過去に思いを馳せる度、胸を新たな痛みが襲った。あの頃に戻りたい、と心が悲鳴を上げる。馬鹿げた願いだ。それでもその願いを笑い飛ばすことは出来なかった。
「お前は私を許すな」
その声色は寒気がするほどの柔らかさを孕みながら、それでいて呪縛のように重い。頬を包む手のひらが穏やかであればあるほど、振り解くことが出来ない矛盾。呼吸の仕方を記憶の中から引き出し、どうにか肺に酸素を送り込む。渇いた喉が痛んだ。
「死ぬまで、いや、死して尚」
―許してはいけないよ。
諭すような響きが鼓膜を震わせ、脳を揺さぶる。重く垂れた深い紫色の前髪から覗く瞳は暗い色を灯して、過去の残像を塗り潰して行く。頭の中で鳴り響く警告音は今や遠く、今更どんなに泣き叫んだところで、指の隙間から零れた砂は手のひらに戻りはしない。あのひとはもういない。俺が愛した唯一のひとは、もうこの世界にはいないんだ。
「お前から“私”を奪った私を、お前はけして許してはならない」
緩やかに緩やかに世界が崩壊して行く。朽ちて行く。腐敗して行く。音も立てず、密やかに。閉ざされた部屋で、ふたつの体温を道連れに。緩やかに緩やかに世界は終わりへと歩みを進める。
「私を許すな」
懇願にも似た、その呪縛を拒むことが出来ない。望まれる儘、小さく頷いてみせれば、前髪から覗く瞳の中に僅かな光を見た、気がした。ゆるりと象られた笑みに遠くで響いていた筈の警告音がまた近くなった。後悔をしてももう遅い。

「愛してる、ギロロ」

短く息を飲む。ひゅっと喉が鳴いた。じわりと滲んだ視界にあのひとを夢見た。

(貴方の「愛してる」じゃないのに、)




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