(M+D)


それは不自然なほど柔らかな音だった。優しく耳朶を撫でてみせるのに、そこにあるのは拒絶だけだ。月は深海に身を潜め、彼の時計は時を刻むことをやめた。痛みも恐怖も、彼が味わっただけのものを想像してみたところで足りない。縋ろうとはしない手を握り締めたとて、彼の心の悲鳴が伝わる筈もない。それでも、彼の手を離すことが出来ないのは、伝わる温もりが余りに儚いことを知ったからだ。
「僕は大丈夫だよ」
「触れるな、とは言わないのだな」
「まるで言って欲しいみたいな口振りだ」
レンズ越しに闇色が細くなる。普段感じることのないぎこちなさが見て取れた。その些細な仕草に僅かながら期待してしまう。内に巣くうものを全て曝け出して涙する彼の姿を。縋り付くその両手を。しかし、やはり彼はぎこちないながらも微笑んでみせた。
「メッド、」
一度だけ、まるで惜しむかのように手を握り返される。そして、解かれた温もり。
「ごめんね」
彼は優しく残酷だ。確かな拒絶より胸を抉るものが世界には存在すると言う事実を知らないのだから。




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