夢が現で現が夢で



それは気が付いたときにはもう指の隙間から零れ落ちてしまっていた。
哀しくなるほどあっさりと。
頽れるほど跡形もなく。
涙は、流れなかった。

絶望すると涙すら流れないものなのだ、とそう知ったのは幼い頃より幾つも歳を重ねた、つい最近のことだった。
泣き方を記憶の中から探り出そうとする自分が余りに滑稽で、窓の向こう側に広がる重苦しい灰色の空が陰鬱とした気分を更に加速させる。
無気力にベッドの上に投げ出した四肢は指先一つ動かすことも億劫に感じるほど重く、最近では呼吸すら煩わしい。
「面倒だ、何もかも」
「駄目でありますよ」
諭すような声色が枕許で響き、髪を掻き分けるように梳く指が降って来る。
どちらも柔らかな性質で心地好い。
「ちゃんと生きてよ、ギロロ」
―我が輩がもうこの世界にいなくても。
その言葉にびくりと肩が震えた。
世界の無情が恐ろしくて瞼をきつく閉じる。
しかし、瞼の裏に広がる暗闇もまた同様に恐ろしく、すぐさま瞼を開けた。
ぼやける視界の先には、見慣れた幼馴染みの顔が確かに存在する。
(なのに、)
「お…前がもうこの世にいないなんて、俺は…信じな、い」
おとこの視線と自分の視線を外さないことが、今の自分の精一杯だった。
「だって、声が聞こえるじゃないか。触れることが出来るじゃないか。お前はここに、俺の傍にいるじゃないか。悪ふざけにもほどがある。俺を騙そうだ、なんて…」
敷き詰められた白い花々も、皺一つない軍服も、贈られた名誉も、嘆きや哀しみすら、空の棺には不似合いでしかなかった。
「今、お前がここにいる。これが現実でなくてなんだと言うんだ、」
腕を持ち上げ、まるで縋るかのようにおとこの服に皺を刻んだ。
嘘だ、と。
冗談だ、と。
本当は生きている、と言ってくれ。
「現実、だろう?」
皺を更に深く刻むと、おとこの顔が歪んだ。
哀しみと苦しみをごちゃ混ぜにしたような、そんな表情だった。
「…夢でありますよ、」
「ケ、ロロ…」
「夢だよ、ギロロ」
ごめんね、我が輩死んじゃった。
涙が、流れた。

(なら、夢から覚めない方法を探さなくては)




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