記憶の揺りかごに揺られ



(かこのきおく)

頭を撫でる手のひらに身を委ね、その感触に目を細める。
名を呼ぶ低音に応えるように頬が緩み、それが極自然に出来たことが誇りだった。
上手く言葉にならないが、きっと、これが幸せと言うものなんだろう。
じわりと染み入るように侵蝕される感覚が不快ではなく、寧ろ心地好いなんて、これ以上の幸福なんてありはしない。
「良い子、だな」
降り注ぐ言葉がこそばゆい気持ちにさせる。
ゆったりとした手付きは褒めるときのもの。
温かで、優しい手のひら。
「良い子だ」

(いまげんざい)

音もなく、指先が円を描いた。
とても静かな仕草に惹き付けられ、その一点をじっと見詰める。
くるりと絡め取られたのが、自分の前髪だと気が付くまでに僅かに空白を要した。
伸びた前髪はどうも視界を狭くしていけない。
「視力が落ちるだろう」
そんな慈しむような声色、貴方は本当に俺を叱る気があるんだろうか。
もっとしっかりしろ、と突き放してくれれば良いのに。
そう確かに思っていながら、甘えているのは自分の方なのだ。
「ごめん、兄ちゃん」
甘えていて、勿論前髪のことも、そして何より貴方が好きで。
この想いを戒めるものが足りない。
おとこ同士とか、況してや兄弟だとか、それが些細なことなんて微塵も思わない。
だが、足りない。
この想いを戒めるには、もっと、。

(みらいのはなし)

二酸化炭素を吐き出し、酸素を肺に送り込む。
酷く単純な繰り返しが今は、何よりも難しいことのように思えた。
世界が徐々に色をなくす。
その中で浮かび上がる貴方の色。
「に…いちゃ、ん」
ひゅっと喉が耳障りに鳴いて、絞り出した音は朽ちてしまう。
頬を撫でるのは貴方の手のひらの温もりではなく、溢れた涙の一滴。

(しゅうえんをむかえます)




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -