月夜


「また、考えごと?」
そうっと息を吐くように紡がれた音は今にも消えてしまいそうな程に儚く、それでも孕んだ微かな甘さが夜に浮かび上がった。肩から髪が滑り落ちる音さえ聞こえそうな静寂の中、その甘さにじわりと脳が痺れる。闇色の双眸が細くなり、空気が静かに震えると、震えはやがて耳朶を撫でた。ふわりと花が綻ぶように彼が笑う。その表情はさして珍しいものではないが、目にする度に疼くのはありもしない心臓だった。
「考えて、答えの出るものじゃ、ないのかも知れない」
窓から差し込む月明かりは柔く彼を包み、縁取られた髪の一本一本がそれと溶け合うかのようで、それが酷く不安を掻き立てる。いつ消えても可笑しくはないのだ、と言う現実を彼は忘れさせてはくれない。
「そっか、なら、考えるのをやめると良いよ」
月を模した髪がはらりと揺れ、温もりを何処かへ忘れた手のひらがそっと頬を撫でた。眼前で微笑みが深まる。
「今夜は月が綺麗だから」

(彼はいつか月に還るのだろうか、なんて)




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