誰がために君は


彼の指先から伝わる温もりが堪らなく愛しいのに、同時にその温もりが酷く哀しい。
理由を尋ねられ、僕に同じものがないからだと答えた。
君から与えられるばかりで、僕は君に何も与えられないことを痛いほど思い知るからだ、と。
そう口にすれば、分かち合うことが出来るだけでも素敵なことだと思うよ、と彼は穏やかに笑った。
「僕のこの温もりは僕のためじゃなく、誰かのためにあるものだから」
レンズ越しの闇色に宿る柔らかなものが、この身の奥底に潜む暗いものを宥める。
「だからね、上手に使いたいんだ」
ふわりと彼の手が僕の手を包むように握った。
彼の唇が僕の名を象れば、じわりと頭が痺れる感覚を覚える。
「君が欲してくれるのなら、その分だけ、僕の温もりは君のものだよ」
喉の奥が詰まり、空白が思考を襲った。
彼の言葉にぐらぐらと揺さぶられて、衝動に身を委ねてしまいそうになる自身を鳴り響く警報が叱咤する。
今以上のものを望めば、内でくすぶる欲を全て吐き出してしまいかねない。
(駄目だ、駄目、)
温もりも、笑みも、声も、彼の何もかもが誰かのために存在するとして、その誰かが僕でなくとも良い。
そう自身に言い聞かせる度、せせら笑うのもまた自身で、それを自覚しているだけ逃れることは出来なかった。
彼が誰かのものでも良い、なんて綺麗事だ。
本当は、君の全てが僕のものであれば良い、とそう思っている。
「ニコフ、」
触れ合う部分から伝わる温もりが、穏やかな柔らかい微笑みが、耳朶を撫でる声色が、醜い心を疼かせた。

(愛しくて苦しくて、どうしようもなくて)




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