もう一度名前を呼んで



私の声はもう彼に届くことはないのだと言う。

冷えた指先が求めたものは温もりで、しかし、指先が捉えたのは冷たい肌の感触だった。
彼の高い体温は何処へ行ってしまったのだろう、と思考を巡らせようとして失敗する。
彼の名を呼んだところで返る返事はない。
傷痕の走る頬に這わせた指先が震える。
閉ざされた瞼の向こう側で、彼は永遠の闇に囚われてしまった。
どう足掻いたとて、その闇からは抜け出せない。
彼は逝ってしまったのだ。
「死とは、私にとって余りに身近過ぎた。それは戦場に身を置く誰しもに言えることなのかも知れない。だからなのか、私は死との距離を正確に把握出来ていなかった。死への畏怖を忘れ、命を奪うことに抵抗をなくした、これは罰なのかも知れない。私は、私よりお前が先に逝くなんて思いもしなかったと言うのに、現実とはこんなにも無慈悲だ。お前の体温は何処かへと攫われ、瞼は重く閉ざされた儘開かない」
程良く日に焼けていた肌が生気をなくして、燃える様な赤い髪も今は色褪せて映った。
頬から唇へと指先を滑らせると、その感触に彼が身を捩りはしないか、と期待するが、容易に打ち砕かれてしまう。
「もう、お前は私を呼ぶことはないんだな」
二度と耳朶を撫でることのない、彼の声が酷く恋しかった。
繰り返し呼ばれた名に応えなかったのは私の方であったのに、今、縋る様に名を呼ぶのは私の方なのだ。

(今更、欲したとて遅過ぎる)




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