忘れてしまった儘でいさせて



どんなに近くにいても、
立ち位置が変わらなくとも、
ふたりの距離は遠ざかるばかりだ。

手を繋ぐのは容易だ。
それは今も昔も変わらない。
しかし、実際に繋ぐかどうかは別だ。
手を繋ぐ機会なんてものは皆無に近い。
手を繋がなくとも歩いて行ける。
手を繋がなくともはぐれはしない。
互いに子供ではなくなったのだ。
何も可笑しいことなんてない。
(可笑しいことなんてないのに、)
何処か後ろめたさを感じるのは、おとこの手のひらの熱を忘れてしまった手と、それに安堵を覚えている自身が確かに存在するからだ。
触れて、熱を感じて、存在を確かめる。
ただ、それだけのこと。
ただ、それだけのことがどうしようもなく怖い。
いつから、と言う明確なものはなく、歳を重ねる毎に少しずつ降り積もったものが、今、確かな畏怖となって心を蝕まむ。
「ねぇ、ギロロ」
ゆるりと呼ばれた名前に肩がびくついた。
おとこが苦笑を象る。
双眸が細くなり、そこに垣間見た悲しげな色に心臓が鷲掴まれた様に痛んだ。
「そんな怯えないでよ」
怯えてなどいない、と。
言えたところで余りに真実味に欠ける言葉が、今、欲しくて堪らない。
欲しくて堪らないのに、喉に閊えて形にならずに朽ちてしまう。
沈黙におとこの苦笑が深くなった。
「我が輩の何がそんなに怖いのさ」
「ケ…ロロ」
「ねぇ、何で怯えんの?」
触れ合うことが容易な距離が更に詰められ、おとこの指先が伸びる。
指先が頬に触れる寸でのところで、喉から音を絞り出した。
おとこの指先が震えたのが判る。
おとこの方が余程、怯えている様に思えた。
「俺は、お前の熱が、怖いんだ」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
けしてお前が怖い訳じゃない、と。
おとこの苦笑は歪み、崩れて、今にも泣いてしまいそうだ。
「意味、判んないよ」
声までも泣きそうに震えて、けれど双眸に涙はない。
指先は頬に触れることなく落ちた。
「お前に熱があることが怖い」
だって、それは生きていると言うことだ。
「お前の熱に慣れてしまうのが怖い」
生きていると言うことは、いつか死んでしまうと言うことだ。
「慣れてしまったら、お前の熱をなくした時、」

(きっと、俺はひとりで立っていられない、)



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