それでも、
胸は痛むのであって



小さな背中を呼び止めて、
どうにか繋ぎ止めていたくて。

夕日に縁取られた橙が吹く風に揺れて、誘われる儘に伸ばした指先をもう少しのところで拒まれる。
痛みはなく、乾いた音だけが響いた。
ああ、ひでぇな。
零した言葉に彼は深緑の双眸を細め、咎めの色を含ませる。
「貴方に口説かれる趣味はありません」
「つれないね、お嬢さん」
行き場をなくした指先で空を掴み、腕は重力に逆らうことをやめた。
だかりと力をなくした腕は何処か無様で、それを誤魔化す様にポケットに手を突っ込む。
「誰がお嬢さんですか、侮辱にも程がありますよ」
律儀に眉を顰める様を見ながら、案外表情豊かだよな、とひそりと思う。
彼が柔く笑えるのを知らない訳ではないが、彼を怒らせるのが得意な分だけ薄れてしまいがちだ。
「お嬢さんがお望みでしたら、他を当たって下さい。貴方のお遊びに付き合う程、私は暇じゃありません」
「お遊び、ね」
「そうでしょう?貴方は一日に一度は誰かを口説かないと生きて行けないんです。病気ですよ病気」
「ま、否定出来る様な日常送ってないしな」
ゆるりと笑みを象ると、深緑が微かに揺れるのが見て取れた。
逸れた視線、くっと噛んだ下唇。
(んな顔するなよ、)
ポケットの中、力を込めた指先が生地に食い込む。
傷を抉られた痛みに堪える様な表情に勘違いをしたって、きっと誰にも咎められはしない。
咎められるのだとしても、先ずは思わせ振りな態度を取る彼の方が先だろう。
流れる沈黙を宥めるかの様に風が強まり、ぶわりと世界を撫でた。
遊ばれる橙、再びこちらを捉えた深緑、ゆっくりと解かれた唇。
「貴方の」
高めの良く通る声は風に消えることはなく、
「そう言う軽薄なところが、」
ただ、
「大嫌いですよ」
ありもしない心臓を疼かせた。

(知ってるよ、お嬢さん)



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