馬鹿らしくも幸福な話



あたたかで、めまいがする。

その肌に触れることを、彼が何故許してくれるのかわからない。幼い頃から彼が与えてくれたたくさんの優しさのどれとも、この行為に対するものは当てはまらなくて戸惑う。彼の体温に触れないと生を上手く実感できない自分への同情なら、はやく彼を解放しなければならない。

離してあげられなくなる前に。
行き過ぎた優しさに溺れてしまう前に。
なのに、
(どうして、そんな風に優しく笑うの)

彼の真意が霧がかったように見えない。どう思考を巡らせど答えを導き出せず、いよいよ頭痛まで引き起こしてしまいそうなところまで来てしまった。頭を擡げたもどかしさに奥歯を噛み締めると、彼の指先が頬に触れ、やがて手のひらで包むように撫でられる。

「そんな顔するな」

随分と情けない顔をしているのか、彼の優しい笑顔が苦笑にかわる。じわりと視界が滲むのは、僕が泣き虫だからではなく、彼から与えられる熱が余りに心地好いせいだ。

「だって、」

言葉に詰まる。彼は小首を傾げて先を促したが、続く言葉は形にはならなかった。君のせいだよ、なんて言える筈もない。余りに身勝手が過ぎる言葉が喉の奥で渦巻いて、じわじわと内面が蝕まれる。

君が優しいからいけないんだ。
(だって、勘違いしてしまう)
哀れみなら要らないのに。
(違う、本当は哀れみでも傍にいて欲しい)
君はなんて酷いひとなんだろう。
(ああ、僕の方がよっぽど、)

頭の中で並べ立てられた言葉のどれもが、保身に歪んでは真意に打ち消されて行く。身を守る為の言葉なんて吐ける筈もなくて、ただ、彼の名前を小さく呼んだ。彼は応えるように双眸を細め、僕の名を呼ぶ。低音が優しく鼓膜を震わせて、更に視界が歪んだのがわかった。涙は今にも零れてしまいそうで、手の甲で擦るように拭うと、こら、と小さく叱咤が飛ぶ。

「擦ったら目が傷付く」
「でも、」
「でもじゃない」

言葉を遮られ、ぴしりと軽く額を叩かれた。もっと自分を大切にしろ。そんなの、君にこそ言いたい台詞だ。自分を犠牲にしてまで、僕に優しくしないで欲しい。無理を強いて縛り付けても、虚しいだけなのだ、と知らない訳ではないから。
(自らの欲望とを秤にかけても、やっぱり君を大切に想う気持ちの方が勝るんだよ)
眦に溜まった涙を彼の指先が攫う。それを見送りながら、ねぇ、と零した。

「なんだ?」
「もう、僕に優しくしないで」
「…は?」
「哀れみでも僕の傍にいて欲しいって思ってた。ううん、本当は今でもそう思ってる。けど、僕は君の優しさに付け入るようなことしたくない。だから、だから、僕に優しくしな…」

ぱん!
頬に走った衝撃と乾いた音が脳を揺らす。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。衝撃に襲われた左頬がじわじわと痛みを訴えて初めて、彼に叩かれたのだと理解する。右に逸れた視線を徐に戻すと、彼は顔を真っ赤にしてぼろぼろと涙を零していた。

「俺が哀れみや優しさでお前の傍にいたって、お前はそう言いたいのか、」
「ギ…ロロく…」
「相手がお前じゃなくても、誰にでも触れることを許すって、お前は…」
「っ、ちが…」
「ちがわない、お前が言ってるのは、そう言う…ことだろう?」

嗚咽を殺しながら、何処か淡々と言葉を紡ぐ様が痛々しくて、そうさせているのが自分だと言うことに心臓が軋んだ。

「ちがうよ、そうじゃない。そうじゃないんだ」

僕はただ、君が、

「君が、好きなんだ。だから、だ…から、僕の身勝手な欲望で、君を縛りたくな…いんだよ、」

言葉は弱々しく濡れて、頬を涙が伝う。
さっき、彼に拭って貰ったばかりなのに、と更に涙が溢れた。

「すき、すきです、あいして…る、」
「………俺だって、同じ気持ちだから傍にいるんだ。ばか、」
「…っ!う、嘘!」
「嘘な訳あるか」
「っ、え…、え?そんな、ど、どうしよ…」
「信じられない、か?」
「だ、だって、」
「俺は、お前を愛してる」
「っ、っ、…」
「まだ、疑うか?」
「ちが…、そうじゃなく…て、」

(幸せで死んでしまいそう!)




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -