甘い香りに誘われて


その日もまた、気が付けば彼は僕と同じ空気を共有していた。
甘い香りで充たされた空間に彼が存在することに驚きはない。
ただ、いつも同じ問いかけが口から零れてしまうだけで。
「いつからいたんだい?声をかけてくれれば良かったのに」
「ノックもしたし声もかけたけど、ケーキ作りに夢中なジェドには意味のないものだよね」
月を模した髪をはらりと揺らして、彼は闇色の瞳を細めて笑ってみせた。
少しからかいを含んだ声色に元から下がり気味の眉尻を更に下げて笑う。
「お詫びと言っては何だけど、春の新作をどうぞ。まだ試作段階だから感想を頂けると嬉しいな」
悪かったね、と詫びと共に仕上がったばかりのケーキを一切れ皿に乗せて差し出すと、彼は悪戯に笑みを深めた。
「実は狙ってたんだ」
「おや、それはご期待に添えて光栄だよ」
フォークを手渡し、召し上がれ、と笑いかける。
「いただきます」
煌めく銀がケーキの身を裂き、一口大のそれが彼の口に運ばれる。
「ん、」
「どうかな?」
「ソースとクリームチーズの相性が良いね。舌触りも良いし、中に入ってるのは苺だよね?」
「うん、春らしさを出したくて刻んだ苺を入れてみたんだ。苺自体が凄く甘いからクリームチーズの酸味を際立たせるかなと思ったんだけど」
「狙いはばっちりだと思うな。苺その儘の美味しさが生かされてるし」
美味しいよ、と彼は再びフォークでケーキを裂いた。
「そっか、味はまだまだ改良出来そうだし、あとは見た目をどう仕上げるかかなぁ」
顎に手を当てて、ふむ、と頭の中で改良策を練る。
見て楽しく、食べて美味しい、より良いものを作り上げたい。
構想を練るだけで胸が踊る。
早く早く、春を閉じ込めてしまいたかった。
「楽しそうだね。これは更に期待しても良いのかな?」
くすりと彼が笑う気配に頬が緩む。
「今よりずっと良いものを作るよ。また試食を頼めるかい?」
「僕で良いのなら喜んで」

(季節を味わう至福を君に)




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