足元から、地面が腐ってゆく気がした。
白い花が枯れる様を眺める。
この花と同じように、地面の下ではあの人達も枯れていくんだろうと思ったら吐き気がした。
渇いて皺の寄った花弁の先はもう茶色くて、もうきっと根元も萎びていくだけ。
数日の間に確実に壊れていく美しさを、下で眠る家族に重ねた。
失われていくのは肉体だけだと信じている。
今まで築き上げたものは欠片も傷つかないし色褪せもしない。
(だから大丈夫、花はまた持ってくればいい。)
墓前でみっともない姿を見せるわけにはいかないから、ぐっと息を詰めて吐き気をやり過ごそうとして、
彼が立っているのに気付いた。

ロックオンは彼が瞬間移動出来ると本気で信じていた時期があった。
気付かないうちに傍にいて、いつの間にかもういない。
自分と瓜二つの顔をした彼は、いつも決まってロックオンの頭を撫でながらにっこり笑う。
体が成長しても、彼の笑い方は変わらない。
今も。

「バン・シーが泣くのを聞いたよ」
彼からその台詞を聞くのは二度目で、瞬間に吐き気が増した。
思い出したくもない、思い出したくもない。
口元に手をあてて吐き気を堪える。
彼は笑った儘、顔色が悪いな、と言った。
「まだ覚えてるんだ」
忘れる筈もない、忘れられる筈もない。
一度目に同じ言葉を聞いたのは、この墓の下で眠る、俺の家族が亡くなった、あと。
「……今度は、俺が死ぬの、か?」
絞りだした声は自分でもわかる程頼りなく擦れていた。
「こわい?」
自分とは真逆に、嬉しそうで楽しそうな声。
小さい頃に耳元で囁かれた恐い話しも、最後はこんな風に聞かれて、黙って何度も頷いた。
今は、もう。
「俺はまだ死ねないよ」
「お墓には来てあげるから」
死なないよ、と彼を真似て少し笑う。
ちょっとつまらなそうに視線をそらした彼は、とっとっと軽い足取りで近寄ってくしゃりと頭を撫でてきた。
勿論あの笑顔を忘れない。
「帰りを待ってるから」
「…ああ」
彼は何も知らないようで、全部知ってるみたいに見えた。
だって彼には、バン・シーの声が聞こえる。

『お前の家族はね、バン・シーが泣いたから仕方なかったんだよ。ちゃんと神さまの処へいったよ。バン・シーが悲しんでくれたから、神さまも悲しんでくれる。大丈夫だよ、ニール、泣いてもいいよ』

彼なら例え死体で帰って来ても、お帰りと言ってくれると思った。
そうして、ロックオンは少しだけ泣いた。


(血塗れの手で神に祈る俺を、あんたはいつもみたいにそうやって)





※バン・シーはアイルランドの民話に出てくる女性の妖精で、悲しげな声で泣くことは死の前触れとされているんですって




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