病めるときも健やかなるときも



波立つことのない凪いだ水底に足裏が触れ、怒りも悲しみも水底に沈んでしまった。
とうの昔に足掻きをやめ、浮き上がることさえ出来ない。
置き去りにされたのは、感情か、それとも自分なのか。
思考を巡らせど答えは得られず、ただ、空虚だけがそこにはあった。
自分に残されたのは笑うことだけなのだ。
そう、いつしか楽しくもないのに笑う様になった自分を彼は嘆いた。
何故、と彼はまるで子供が癇癪を起こす様に怒りを露わにした。
何故怒らないのか、と。
何故泣かないのか、と。
彼の問いに答えることが出来ず、聞き慣れた怒声をぼんやりと聞いていた。
彼が持つ自分がなくした感情がびりびりと肌を刺す。
その感覚に胸がざわつき、徐々に弱々しくなって行く声色がそれを加速させた。
怒りが悲しみを孕んで、歪む。
彼は泣いていた。

「なぁ、何でだ、どうして貴様は…どうし、て…」

無意識に伸ばした指先でゆるりと輪郭をなぞると、彼は苦しそうに眉根を寄せた。
せり上がるものを必死に押し留める様に下唇を噛み、強く噛み締めたそこからはじわりと血が滲む。

「んな噛んじゃ駄目だって」

赤色を拭う様に下唇を親指の腹でそっと撫で、噛み締める力を宥める。
指先から伝わる震えと、彼の意志に反して溢れる涙。
感情を抑制出来なくなる程に自分を思ってくれる彼が愛しくて、その想いを手のひらに込めて彼の頬を撫でた。
ねぇ、と彼の名を柔く呼びながら。

「我が輩ね、もう怒りとか悲しみとか良く判んなくなっちゃったんでありますよ」
「っ、」
「だから、だからさ」

彼の震える身体を出来るだけ優しく抱き寄せ、耳元にそっと唇を寄せる。
愛を囁くより甘く、それは呪縛にも似た。

「我が輩の分も怒って、我が輩の分も泣いて欲しいであります」
「け、ろ…」
「ギロロが我が輩の分まで怒って、泣いて、それで楽しい時はふたりで笑えば良いと思うんだよね。だから、一生我が輩の傍にいてよ」
「っ、馬鹿者っ」
「うん」
「貴様はどうしようもない大馬鹿者だっ」
「うん、そうでありますな」

子供をあやす様に彼の背中を叩くと、彼の腕が背中に回るのを感じた。
くっと服越しに爪を立てられ、肩口に顔を埋められる。暫くの沈黙の後、静寂を破ったのは彼だった。
仕方がないから、と念を押す様に。
自棄を起こしたかの様な口振りが愛しくて、彼を抱き締める腕の力を強めた。

( し か た が な い か ら そ ば に い て や る ! )



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