言いたいの言えないの



(※生徒と教師)



相談したいことがある、と呼び出された放課後の図書室は、昼間の喧騒など素知らぬ顔で、ただ、夕暮れの静けさに充ちていた。
室内に足を踏み入れた時に感じた首の後ろがざわつく感覚は、今思えば警告だったのかも知れない。
穏やかであっても獣は獣なのだ、と言う。

普段の穏やかな優等生の顔は何処へやら、空を模した瞳は明らかな情欲を孕んでいた。
「気付かない振りで僕を傷付けないで下さい。僕の気持ちをなかったことにしないで下さい」
真剣な声色と直ぐそこまで迫る空にぐらぐらと世界が揺れた。
青空に飲み込まれてしまう様な、どちらが上か下か右か左か、そんな基礎的なことが揺らいでしまう様な感覚に陥る。
背後には本棚、両脇は彼の両腕で囲われて逃げ場を失い、痛みを伴う程に喉が乾いた。
これが獣から逃げ惑う獲物の恐怖に近い感覚ならば、背筋に走る冷たいものは本能が正常に機能している証拠だろうか。
「この感情を殺してしまわないで」
お願いします、と撫でられた頬に痛みを感じたのは、彼の低い体温のせいではなく、先ず触れた指先の微かな震えに気付いてしまったからだ。
拒まれるのが怖いのだ、と告げるその震えに言葉もタイミングも喉の奥へと引っ込んでしまう。
(駄目だ。無理だ。応えられない。お前と俺はおとこ同士で。生徒と教師で。お前は若くて、これから数え切れない程の出会いや可能性が待ってる。それを潰す権利は俺にはない。潰したくない。頼むから、お願いだから、)
「(こんなところで俺に捕まらないで、)」
伝えなくてはならない言葉は山の様にあるのに、何一つ喉の奥から顔を出さない。
「ずっと、好きでした」
注がれる甘い誘惑に目の奥が熱を帯び、微かに視界が滲んだ。
それは俺に向ける言葉じゃない、と。
そう伝えなくてはならないのに、口を開けどひゅっと無様に喉が鳴るだけで、からからの喉を宥めるだけの唾液すら口内には残っていなかった。
ゆるりと頬を撫で上げられ、もう片方の頬に掠めるだけの口付けが落とされる。掠めて、直ぐに離れた唇の感触に肩がびくついた。
「先生、」
吐息混じりに耳元で囁かれ、脳がじんわりと痺れる。
「僕が怖いんです、か」
「ちが」
「でも、」
肩口に顔を埋める様な形で、彼の唇が今度は首筋に触れた瞬間肌が粟立ち、背筋がぶるりと震える。
「怯えてる」
ほら、と喉元から聞こえた声こそが怯えているかの様に弱々しかった。
「僕が、怖いんですね」
「…う、違う」
彼が怯えと捉えた震え否定したところで、理由など答えられもしないのに。
それでも緩く髪を乱す様に頭を振った。
(いつしか芽生えた感情を押し殺して来た。タイムリミットまで数ヶ月。今まで通りの日々を送るつもりだった。緩やかに終焉を迎えて、誰に打ち明けるでもなく、徐々にこの感情の息の根を止めようと思っていた。なのに、)
「(どうして簡単に「好き」なんて言うんだ!)」
自分が越えられない壁を軽々しく越えられたことへの苛立ちと、それをも塗り潰す歓喜に震えたのだ、とそう口に出来たならどれだけ楽になれるだろうか。
「せんせ、」
戸惑いを孕んだ声が耳朶を撫で、指先に眦を拭われる。
そこで初めて自分が泣いていることに気が付いた。
滲んだ視界の中に今にも泣き出しそうな空が映り込む。
「僕が怖くないのなら、どうか泣かないで、下さい。もう、困らせたりしないから、」
涙を拭う不器用な優しい指先よりも、もう好きなんて言わないから、と言う言葉に更に涙が溢れた。

( ち が う ち が う 、 お れ も お ま え を あ い し て る ん だ ! )




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