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水色に囚われた

 生前の記憶が色濃く、と言うほどでもないけど残っている私としてはあの優しく人思いな佐疫という青年が苦手だった。優しくして近付いて、時に自分が思ったように操り絶望する顔をせせら笑う。生前の騙されやすい私も悪いけど、あんな悪そびれた表情を一切見せないあの人たちが嫌いで仕方が無い。たまに夢に出てくることもあるし。

「名前」
「……佐疫、な、なに?」

 名前を呼ばれると妙に身体が強張って心臓が音を立てる。おそるおそる彼の方に目を向ければ佐疫は笑っているだけだった。その笑顔も、優しく囁く声色が苦手で仕方が無い。いつ彼が本性を見せるか分からない。

「報告書、肋角さんに渡しといてくれって言われたから」
「あ、ありがとう」
「うん。無理はしないでね」

 目が合わせられない、彼の水晶のような綺麗な水色の目を見た瞬間に、私は絶対に絆されてしまう。震える手で資料を受け取る。

「今日任務は?」
「な、無いよ……うん」
「そう。じゃあ一日休めるんだね」
「そ、うだね。……部屋でごろごろする、だけだけど」
「……」
「…………あ、あの、もう行くね」

 怖い、目を見れないけど、多分佐疫は私を見ているはずだ。佐疫がポツリと呟いた。

「ねえ名前」
「……?」
「そんなに俺のこと嫌い?」
「え」

 乾いた唇から声が洩れた。けど、顔をあげようにもあげられなくて黙ったまま顔を俯かせれば佐疫はさらに言葉を発する。

「あからさまに嫌な顔してるのくらい、俺にも分かるよ」
「え、えっと、ご、ごめん」

 声が震える。怒ってる、のかな。逃げたい、そう思って一歩後ずさったと同時に佐疫もじりじりと近付いて気がつけば背中にひんやりとした壁の感触、静かに佐疫の手が壁について私は閉じ込められた。逃げられない、冷や汗がどっと流れた。

「名前、俺の顔見てよ」
「ご、ごめん……ごめん、佐疫」
「謝って欲しいわけじゃないんだよ」

 分からない、今佐疫がなに考えているのか全然分からなくて涙が出てきそうだった。けれどじんわりと耳に響く彼の声は酷く悲しそうでどうして自分が避けられているのか分からないという言葉が含まれていることが分かった。
佐疫は、多分悪くない。けど、この苦手意識は私にもどうする事も出来なかった、初めて出会った時から優しくしてくれた彼に生前の記憶が呼び起こされて怖くて仕方が無かった、だから、必然的に避けるしかなかった。私の一方的なわがままで、彼を傷つけている。

「あ、あのね佐疫」
「なに?」
「ご、ごめんなさい。わ、私は、」
「……」

 嫌いじゃない、嫌いじゃないんだよ。という言葉が舌の上に乗っかって出て来なかった、吐き出せない。目の前に佐疫がいて、追い込まれてそれが凄く怖くて。

「名前はさ、確か生前の記憶が結構強く残っているんだよね?」
「う、うん……鮮明に、近い、かも」

 上から佐疫の声が降って来た、相変わらず悲しみも少しだけ含まれている声色だけど私を安心させるためなのか妙に優しさも含まれていた。相変わらず私は顔を見れずに俯いたまま言葉を紡げば佐疫はそのまま言葉を発する。

「その時に、嫌な思いでもあるの?」
「……、」
「その嫌な思いをさせた人と、俺が似てるの?」

 横にある佐疫の手が、震えながら拳を作る。図星を付かれた私は思わず生前のことを思い出して肩をびくりと揺らした。勘が鋭い、どうしよう、なんて反応すれば良いのか分からない。頭の中でぐちゃぐちゃになってひゅっと息を吐いて目を瞑る。

「き、嫌いじゃないの、嫌いじゃないけど」
「……うん」
「佐疫を見てると、怖くて……優しい人ほど、本性を表したとき酷く醜くて……いつ、佐疫もそうなるか分からなくて、」

 佐疫の優しさが凄く怖い、苦手なの。と最後は段々声が小さくなって言い切る前に私の唇は閉ざされた。
暫くの沈黙の間に、佐疫はふうとため息を零すと隣に付いていた手を離して私の頭に軽く触れた。身体を揺らすと、佐疫は「名前」と私の名前を呼ぶ。

「俺を苦手なら、それでも構わないよ。理由を話してくれて有難う」
「え、さ、佐疫?」
「けど、さ。これだけは知っておいて」

 少しだけ顔を上げて、彼の口元に目を向ける。なに、なにを話すの。

「俺は、なにがあっても大切な同僚を悲しませることなんて絶対にしたくない」
「あ、え?」
「ねえ名前、お願いだ、これだけは分かって。俺は絶対に、君を傷つけたりしないから」

 懇願するように佐疫の額が私の肩口に圧し掛かった。微妙に彼の身体が震えているのが分かった、もしかして、私、今まで最低なことをして来たのかも知れない。

「さ、佐疫、ごめん、ごめんね」
「良いよ。知っておいて貰いたかっただけ」
「違くて、一方的に、避けてごめん」
「え?」

 佐疫が私の顔を見るのが分かる、ほんの数秒だけ彼の顔を見れば、水色の目が見開かれている。すぐに目線を外して私は両手をギュッと絡ませる。

「気持ちでは、分かってるけど、今はまだ、ついていけない、の」
「……名前」

 十分思いは伝わった、というか私が一方的に苦手意識を突きつけていたんだ。彼は絶対にそんな事はしないと分かっているのに、頭では理解していたけどやはりいざ彼を目の前にするとどうしても怖くなってしまう。

「佐疫」
「けどさ」

 頬を押さえられて、真っ直ぐ目線を合わせられる。ぞわぁっと嫌な感覚が背中を伝わって冷や汗が噴き出しそうだった。けど、思っていたよりも彼の水色は綺麗だった、澄んでいる。

「俺は、これからもずっと君に話しかけるけどね」
「え」
「荒療治ってのも、良い方法だと思わない?」

 にこっと笑って佐疫の身体が離れた。へなへなとその場に座り込むとぱちぱちと瞬きを繰り返す。佐疫は笑顔を貼り付けたまま、「じゃあまたあとでね」とだけ言い放って踵を返して行ってしまった。

「や、やっぱり苦手だ……!」

 彼の額が乗っていた肩に手を添えて、小さく呟く。苦手なのに、今までとは違うこの心臓のドキドキはなんなのだろう。






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呀紅夜様リクエスト、佐疫に苦手意識を持つ女の子でした。優等生は腹黒いというイメージを持っていたので、実際腹黒さが恐いという設定にしようかなーと思いましたが敢えて生前の人と重ねてしまう夢主ちゃんにしてみました。
だがやはり垣間見える佐疫の腹黒さ、優等生は難しい。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
呀紅夜様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました

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