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青天の霹靂

突然、意識が戻ったかのように目が覚めた。否、覚めたという表現が正しいのか分からない、不思議な事に意識が覚める前の記憶が全くなくて、そのせいで自分が今どこに居るのかすら分からない状況に陥っている。
 私は、少なくとも制服で、しかも手ぶらで外に出ることは滅多にない。しかもこんな森の中、如何にもと言った感じのホテル? 館? まで来たりするはずなんてないはず、だ。と言っても実際は来てしまっているわけだけれども。

「まあ、一応素手で戦えなくはないから、入るか」

 こういった時近接武器等を所持していればだいぶ楽なのかなぁ、と呑気に考える。しかも交渉より先に戦闘から入る辺り、どれだけ警戒心を持っているんだか。
 陽の光でさえ遮断され、木々の音や生命の音が死んでいる森の中に佇むホテルへ入るため、私は扉をゆっくりと開いた。ああ、ホテル名見てないや、まあ良いか。

「おや、客人かな。いらっしゃい」
「っ……」

 出迎えたのは、私と同じような制服に身を包んでいる男の人だった。低い声色と、程よく焼けている褐色した肌、私よりも一回り二回りも高い背丈、彼が口に含んでいる煙管から宙を踊る紫煙。全てを支配するような闇と同化する緋色の瞳は、なぜだか初対面という感覚を寄越さなかった。

「あ、えっと……」
「もう外も暗い、迷い込んだならここに泊まっていくと良い」
「あの、ここは?」
「なに、森の中に建つしがないホテルだ」

 答えになっていないような、なっているような。そもそもなんで森の中に? 隠れ家ホテル? ああもう分からない、ここが現世なのか彼の世なのかすら分からない状態ということにも気づいてしまった。親近感を覚える男の人だけれども、向こうはそう思っていないだろう、いきなり「すみません、ここは現世ですか? それとも死後の世界?」なんて聞いたら絶対に変な目で見られてしまう。

「俺はこのホテルのオーナーのロッカクだ」
「ろっかく、さん」

 聞いたことがある、呼び親しんだ名前、のような、気が、しなくもない。部屋に充満する紫煙の香りもどこか懐かしいし。ロビーには申し訳程度に蝋燭の火がゆらゆらと揺らめき、ロッカクさんの手にも一本の蝋燭が刺さっているランプを持っている。
 どうしよう、一旦外に出て空間を開いてみようかな? もしかしたらあそこに、通ずる穴が、……あれ、

「(あそこって、どこだっけ?)」
「客人?」
「あの、すみません自分」

 帰りたい、帰らないと、待って、どこに? どこへ、帰るの? 私の居場所って、どこだっけ?

「まだ、だめだ」
「……?」

 帰る場所が思い当たらないくせに外へ出ようと、ロッカクさんが、受付でなにかをやっている時声を掛けたら、どこからか声が聞こえた。

「……?」

 思わず辺りを見渡せば受付の隣に続く廊下からこちらを覗く瑠璃色と目が合う。

「(だ、れ)」
「客人、今から部屋を用意しよう。ここに名前を書いてくれ」
「あ、……はい」

 出された名簿を見て、羽ペンを手に取り文字を綴っていく。今の誰だろう、うーんこのホテルの宿泊者かな。

「しかし、こんなところに来るなんて道にでも迷ったのか……それとも、帰る場所を失ったか?」
「え?」
「冗談だ。……もう夜も遅い、ゆっくり休むと良い。これが部屋の鍵が」

 受け取ったのはアンティーク調で錆びたカギだった。101号室、すぐ近くだ。それにしても、さっきのロッカクさんが言っていた意味ってなんだったんだろう、人生と言ったって私はもう数百年は生き続けてるから今更悩みなんて無いと思うんだけど。

「……」

 隣の号室は、102号室。引っ越しじゃないから挨拶する必要なんて無いはずだけど、どうも気になって、本能なのか分からないけれども気が付いたら私は扉をノックしようと手を伸ばした瞬間、先に向こうから扉が開く。

「来てしまったんだな」
「……?」

 開けるや否や、いきなり意味不明というか意味深な事を言い出したのは、私と同じデザインの服を着ている男の子。闇に溶け込む黒髪と、先ほど見た瑠璃色の瞳はロッカクさんと同じように懐かしさを感じてしまう。ほんと、どこから来るんだろうこの感覚。

「あの、さっき声を掛けたのも貴方なんですか?」
「……ああ」
「名前、聞いても良いですか?」
「俺は、キリシマだ」
「キリシマさん、初めまして。名前です」

 きりしま、また聞いたことがある名前、口にすれば親近感を覚えてしまうほど。
なんだろう、懐かしいけど別人なのは分かる。というか私はここに居てはいけない気がするし帰りたい。いやどこに帰れば良いのかすら分からないんだけど。

「どこから来たんだ?」
「……」
「分からないのか、……そうか、記憶を失ったんだな」
「あの、キリシマさん?」
「お前は、長くここに居てはいけない」

 ちょっとよく分からない、頭が追い付かないんだけど。いきなり変なホテルに宿泊することになってどこか懐かしい人たちと話して、その一人から遠まわしに早く帰れ。と言われてしまい、ただただ眉を潜めて小首を傾げるしか出来なかった。

「このままだと魂を取り込まれ、永遠にホテル内に永住することになってしまう。どんな事でも良い、生前でも、お前の本当の仲間の事でも。早くしないと、間に合わない」
「え、ええ?」
「記憶を取り戻す方法は俺からは言えない。お前は寝なくても平気な体質だろう、ここの住人は夜間に活動する奴らが多いから、早く、早く記憶を取り戻してホテルから出ろ」
「つ、つまり出来るだけ早いうちに住人さん達と関わって記憶を取り戻せ、みたいな?」
「ああ」

 なんで住人達と? まったくもって面識がないのに。

「関係が近いからこそ、すぐ思い出すだろう」

 ダメだ話全然分からない。これ以上話を聞いていても更に拗れてしまいそうだ、とりあえず頷いて実際に行動してみるしかない。

「俺は基本外に出ることはない。分からないことがあったら戻ってくると良い」
「はい」

 どうしてこんなに親切にしてくれるんだろう。初対面なのに。

「お前は、ここに居てはいけないからだ」
「……?」

 結局分からないまま、私は102号室を後にした。



 記憶を取り戻すたってどうしたら良いのか分からないのが事実、あてもなく廊下を彷徨っている。そもそもなんで私は記憶を失っているんだろう? 自分が死人であるという事と名前くらいは覚えているし、あの人たちを知っているような気もする。けれども、もっと大事な、過去とかが、あるのは確かだ。

「(あぁもう、分かんない)」

 今更外に出ようと思わないし、記憶を失った状態で帰ったって、というか帰るあてが分からないからもうどうしたものか。

「あー! なあなあ、人がいんぜ!」
「……迷い人か」
「ひっ!?」

 廊下に響く大声に吃驚と身体を揺らした、なに? と思い後ろを振り返れば暗がりに浮かぶ二人の男? の姿、明るい黄色と橙色の瞳がこちらを見据えている。こちらも、キリシマさんと同じように、また私と同じようなデザインの制服を着ている。やっぱり、初対面ではない雰囲気、ああ、もう、本当になんなんだろうここは。今更考えている暇はない、私は迷わず二人に近寄る。

「初めまして。ここのホテルに、」
「お前、迷い人だろ」
「え?」
「迷子だな! ロッカクさんから聞いた!」
「難儀だな。いっそ記憶を取り戻さずここに居たら良いのに」
「いや、帰れるなら帰りたいので……」
「えー、ここの生活も楽しいけどな!」
「お前ならすぐに慣れるんじゃねぇか?」

 マシンガンのように話を投げてくる二人に怯みながらも、自分の意思を伝える。ジト目の橙はあまり興味がなさそうだけど、どこか意思の籠ったような声色で言ってくるし、一方のかっ開かれた黄色は私の手を掴んで半ば無理矢理というか拒否権を与えないような感じだし。この二人怖い。

「か、帰りたいんです! 自分の居場所はここではないし、多分……」
「……酒場」
「は……?」
「酒場に行け、生憎だが俺らは面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。お前に言えることはこれだけだ」
「えー、ほんとは色々知ってんじゃねえの?!」
「こいつが自分の力で思い出さねえと意味無いだろ」
「……」

 勝手に二人で話を進めているけど、多分助言をしてくれているだろう。

「と、とりあえず酒場に行けば良いんですね」
「おう! 酒も美味いぞ!」
「んなことしてる時間ねーだろ、……おいお前」
「は、はい」
「何もかも諦めてここに居たくなったら俺達に会いに来い。そん時は歓迎してやるよ」
「というかやっぱりここに居ろよな!」
「意思に逆らったままいったら、どうなるか知ってんだろ」
「あ! そっか!」

 ああもう時折私を置いて話を進めている。けど、応援はしてくれているらしい、どうしてここまで、二人の話す会話が気になって仕方がないがまあ良い。私は道を開けてくれた二人の間をすっと抜けだして、お礼を言うべく後ろを振り向いた。

「あ、有難うございますタガミさん、ヒラハラさん!」
「ふぉ、」
「……まじか」

 かなり驚いた表情をしていたけど、変なこと言ったっけ。まあ良いや、私はそのまま言われた酒場へ向かうべく、なぜだか分からないけど場所を知っているであろう酒場へ向かう。

「(……あれ)」

 私、二人のこと、何て呼んだっけ? 初対面のはずなのに。

「酒場、酒場……地下?」

 うーん、一回ロビーに戻ってロッカクさんに聞いた方が良いかな。あ、というかキリシマさんのところへ行けばいいじゃん! いわば今はキリシマさんがセーブポイントというか重要アドバイザーみたいなものだし。というかこんな時にゲーム脳な自分が少なからず憎い。
 元来た道を戻り、再び自分の部屋へ駆け出す。と、

「うわ!?」
「おっと」

 出会いがしらに誰かとぶつかってしまい、転びそうになったけれどもなんとか体制を立て直す。危ない、勢いよく走ってたら相手を吹っ飛ばしていたかもしれない。
 謝るべく顔をあげれば、そこには外套を羽織った、綺麗な水色の目をした男の人が立っていた。うわあ凄く綺麗な顔。

「す、すみません!」
「ううん、俺もぼうっとしてたから。それよりも、君はお客さん?」
「一応」
「そっか。大変だね……」

 何が大変なのだろう、もしかしてこの人も私の事情知っている? ならば合点が行くのだけれども。水色の、サエキさんは私の頭に手を置いてどこか悲しそうに言葉を吐き出す。

「長居だけは、だめだよ」
「サエキさん」
「記憶も戻ってきている。大丈夫、自分を見失いではだめだ」
「えぇと?」
「そこから左に曲がれば酒場だよ」

 私が不思議そうな顔をしているにも関わらず淡々と求めていた答えを言ったサエキさんに吃驚しつつ、有難うございます。と言えばふんわりと柔らかい笑顔を浮かべて、最後に放たれた言葉は。

「絶対に、のまれては駄目だよ」
「?」

 彼の言葉がよく分からない。のまれるな? 酒場だから酒にのまれるな、みたいな感じなのかな。聞き返そうと思ったけれど、一つ瞬きをした瞬間、そこに居るはずの彼はいなかった。



「……えぇと、あった」

 思いのほか早くに見つかった。薄暗い廊下に浮かぶネオンカラーで描かれた看板にはシンプルに『BAR』という文字だけで、少しだけ古ぼけた茶色の扉と錆びたドアノブを捻り、中に入る。

「……」

 廊下よりも照明が落とされた部屋にはバーカウンターがあり、そこには椅子が全部で十個ほど、カウンターの奥には様々な種類の酒瓶が置かれており部屋は酒の匂いで充満している。思わず何かが出そうになったが、すぐに慣れるだろうと思い中へ入れば向かって右側に二人の男の人が座っていた。

「木舌、いい加減にしろ」
「え〜、おれはまだいけるよ?」
「いけるいけないではない、貴様を部屋まで運ぶのは大変なんだぞ」
「ん〜。あ、こんばんは〜」
「こ、んばんは」

 手前に座っていた人は、既に顔を赤らめているがまだ出来上がってはいないだろう。手に持っていたカクテルグラスを置いたかと思えば私の方を向き柔和な笑顔を見せながら手を振り声を掛けた。警戒心を溶かすような温和な態度に緊張の糸が解れ、私は平生を保ちながら声を発した、七三分けとした、綺麗な緑色をした男の人。

「(と、)」
「なんだ、誰か居るのか」

 坊主頭で、鋭利な紫色の瞳でこちらを睨む男の人も、緑色の目を持つ男の人の後ろからひょいと顔を見せる。こちらはお酒を飲んでいないのかはたまた強いのか分からないけれども、顔も赤くなっていないしそう酔っているようには見えない。
 ちょいちょいと手前の男の人に手を招かれたので黙って近寄れば、椅子を引き出され、私は「ありがとうございます」とだけ言いその椅子に座る、最も、あまりゆっくりしている時間は無いのだけれども。

「お客さんだねぇ、こんばんは、おれは木舌だよ」
「きの、したさん」
「そうそう。で、こっちの鉄面皮というか仏教面なのは谷裂〜」
「木舌ぁ!」
「えっと、ですね自分、」
「まあまあお嬢さん、おれ等と飲もう?」

 質問を遮り私の肩を抱くキノシタさんに、なにも言えなかった。バーのカウンターからは、頼んだ覚えのないカクテルが差し出されたる、グラスに入っているのはビールだろうか、黄金色に輝きその上に白い泡が掛かっている。正直、ビールなどは苦手なんだけどなぁ……けど出された手前飲まないと、何て渋っていると木舌さんは

「これはね、ビールじゃなくてシャンディガフっていうカクテルだよ」
「え、カクテルなんですか?」
「うん。黒ビールとジンジャーエールを混ぜてできたもの、西洋では結構ポピュラーな飲み物なんだ、甘くておいしいよ」
「おい、飲ませると、」
「大丈夫だよ〜、どうせなら、これからもずっとの方が良いだろう? 谷裂も」
「……」

 また、だ。先ほどの田噛さんと平腹さんと似たようなニュアンスの言葉を放ちころころ笑う木舌さんと、彼の言葉は図星なのかそのまま黙りこくる谷裂さん。
 考えるのすら億劫になって、けれど、先ほどの斬島さんの言葉を思い出すと飲まない方が良いかも知れない、どうしよう。どうしたら、良いんだろう。
 飲んではいけない、いけないと思っているのに、勝手に手が動いて。

私は液体を飲み干す。
その時、微かに綺麗な翡翠と本紫、灰青が愉しげに細められたのを見逃さなかった。

「このままでは、ダメなんです」
「本当に、そう思っているのか」
「名前が本当に帰りたいと思っている場所は、居たい場所はここだろう?」

 違う。

「(ここは、違う)」

 私が帰る場所でも、居るべき場所でも無い。

「(なのに、どこか居心地が良い)」

 帰らないと、帰りたい? 本当に、帰りたいと思っている?

「全てを忘れて、ここに来るのも良いのではないかな。……名前」
「災、藤さん」

 頭が割れそうだ。なんで名前を知っているの? ううん、だって私は彼らを知っているんだもの。ここは時空が違えど私と長い間付き合いを交わしてきた彼らが居る。灰青の切れながらの慟哭に、綺麗な灰色の髪、それだけじゃない、木舌先輩に、谷裂先輩、他にも、いっぱい。

「辛かったね、生前を忘れていても、いつかは思い出してしまう日が来るかもしれない」
「全てを忘れ、新しく生まれ変わった気持ちでここに永住すれば良い」
「さあ、帰っておいで。私達の、可愛い子」
「っ……」

 体験したこともない、頭の違和感。ずきずきして、ぐらぐら揺れて、これが、痛みなのだろうか。なぜだか急に眠たくなって、なにも考えられなくなって、優しく肩を抱いて囁き掛ける上司の言葉に、なんで私は肯定しないの? ここには優しい人たち、顔馴染みの人たちがたくさん居るじゃないか。

「お前が、」
「貴様が、」
「君が、」

ずっと欲しかった。あいつらも、ずっと。

  呪いをかけられたように意識が落ちていき、汗が零れ出ていく。頷かないと、みんなが、待っててくれたんだから、だけど、

「-------------ダメだ。お前は、ここに居てはいけない」

 後ろから暖かいものに包まれ、それと同時に身体の気だるさが一気に消え失せる。聞き慣れた、頼りにしていた声が頭上から降り注ぎ、視界がぐらりと揺らいだ。望んでいた、ずっと聞きたかった声が、そこにいた。

「斬島先輩!」
「お前の魂はまだ完全に消滅していない。ここに居るべきではないんだ」

 ああ、彼の言葉と、戻った記憶でここがどこだか分かった。

「……ここは、肉体が消滅し、彼の世にもたどり着けない魂が彷徨うところなんですね」

 気付けば私と斬島先輩、否、斬島先輩の形を模倣し彼の世と此の世の狭間で迷っている魂達が作り上げたこの館。たぶん怪異のせいで私の魂が一時肉体に戻れなくうろうろしていたからここに引き寄せられたのだろう、顔馴染み達ばかりなのは、私の記憶がそう幻覚を見せているに違いない。

「ここはここで、居心地が良いけどな」
「ならば、どうして必死に止めてくれたんですか?」
「……気紛れだ、多分、佐疫もな」
「ウソ」
「……お前には、帰りを待ち望んでいる奴らが居る。俺達は、それすらも居ない哀れな魂だ。佐疫も、唯一の俺の味方なんだ」

 どこか寂しそうに眼を細め、なにも無い空間に言葉を吐き捨てた魂の欠片は、仄かに光を帯びていて、そこらの魂よりも美しく綺麗だ。きっと、私の助言をしてくれたあの人の魂も。
 まだ、この魂なら間に合うかもしれない。もしかしたら、この館に住んでいる住人の中にも。

「……一緒には、」
「いや、遠慮しておく。俺は、ここに迷い付いた魂を元の場所に帰す役目があるからな」
「……」
「さあ、早く帰るんだ。このままだと、完全にお前の魂はあいつらの影響でここに張り付いてしまう」

 とん、と肩を押され後ろを向けば大きな扉。見慣れた獄都の、館の扉だ。私が帰るべき場所。再び彼の方を振り向いて、私は手を握る。

「有難う。……また、会えるかな」
「……残念だが、それは無理だ」
「でも」
「左様なら名前。幸せになれよ」
「きりし、」

 先ほどとは違い、力強く身体を押され私は一人でに開いた扉に呑みこまれていった、最期に見た彼の顔は眩しいくらいの笑顔で、私は光に包まれる中静かに涙を流した。



「う……」
「名前! 良かった!」
「あれ、……?」
「お前怪異の攻撃もろ喰らって昏睡状態だったんだぞ」

 閉じていた瞼を開ければ、眩い光が入り込み目がちかちかする。同時に目の前ににゅっと現れた木舌先輩に驚きつつも辺りを見回せば田噛先輩が居て冷静に状況を説明してくれた。ああ、なるほど、と思い起き上がろうとした時、またまた別方向から一つの顔が。

「名前ー! 目ぇ覚ましたんだな!」
「ぐっ!? ひ、平腹せんぱ、くるしい!」
「このまま目が覚めなかったらどうしよう、と心配していたんだ」
「たく、世話の焼ける奴だ」

 ぎちぎちと首を絞められる勢いで私を抱きしめる平腹先輩を引きはがして佐疫先輩は優しく私に言葉を掛けてくれた。と、同時に手厳しいけれどもどこかほっとした表情の谷裂先輩、なぜか、みんなの顔を見た瞬間懐かしい気持ちがこみ上げて泣きそうになったけれども、何とか耐える。

「……名前」
「斬島先輩」

 夢の中で見たようなそうでないような、私の目の前に来て表情を変えずホッとした様子を見せる斬島先輩に笑いが出そうになった。大丈夫ですよ、と言いたいのに、もっと、大切な事を言わなければならないような。

「先輩」
「なんだ」
「有難うございました」
「……?」
「えー!? なんで名前、斬島に礼言ってんの!?」
「運んだのおれなんだけどなぁ……」
「もとはと言えばお前がすっ転ばなければこんなことにならなかったんだけどな」
「まさかの小枝に躓いたときは驚いたね」
「日頃の鍛錬が足りないのだろう」
「めんぼくないな〜。ごめんね名前」
「いーえ、とりあえずお菓子で許します」
「え」

 へらりと許しを請う木舌先輩にワガママ一つ言えば、声を出して他の人たちが笑った。ずっと遠くに居たのかな、酷くその感覚が身体に染み込んでいたけれどそれがなんなのかは検討も突かない。けれど、確かに私はここに戻ってきた、それだけは間違いじゃない。

「名前」
「……は、い」

 名前を呼ばれたと同時に、私は斬島先輩に抱きしめられる。「あー! ずりぃ!」とヤジも飛んできたが皆何かを察しているのかそのまま黙っていて表情が優しかった。
 暖かい身体にまた涙がこみ上げそうだ。

「……おかえり、よく戻ってきてくれた」
「うんっ、……ただいま」

 欲しかった言葉と、言いたかった言葉を聞き、言って、静かに涙を流した。

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花火様リクエスト、GHSパロ風味の獄都事変でした。
参考にと再びアニメなどを見ながらちょこちょこそれっぽい所を入れてみましたがどうでしたでしょうか……。本当は全員に配役を当てて書きたかったのですがそれだともはや中編レベルの長さになってしまいそうで泣く泣くやめました。
書いていてとても楽しかったです、斬島がネコゾンビ役というのはぴったり過ぎて出来る限りカッコよく決めてもらいました。
余談だと、木舌が出したカクテル「シャンディガフ」のカクテル言葉は「無駄なこと」。

お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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