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幸せが死んだ日

「え、特務室ですか」
「あそこの課は何かと噂されている部分もあるしな。それに、君の同期と部下が居るんだろう? 率先して行きたいって言う人が居ないから頼めるのが君くらいしか居なくてね」
「はあ……」

 今の時期の閻魔庁は、人が少ない。仕事も殆ど降りてこずにこのままだと給料が……、と頭を悩ませていた時に舞い降りた仕事は、実に、数百年ぶりくらいかもしれないと思うほど実に気が重く滅入る内容だった。

「手配はしてある、すぐにでも行ってきてくれ」
「今からですか?」
「だから朝早くに呼び出したんだろう」
「そうですね……」

 泣きそうになるのを堪え重たい言葉を零す、ああ嫌だ、行きたくない。けれども断ったら多分私の今月の給料は雀の涙ほどまでとはいかないが確実に生活には困るものになるだろう、しかも閻魔庁に勤めて数千年、今更「これ嫌なので無理です」なんて言えない、部下に顔向けが出来ない。
 
「では、向こうでの頑張り、これからも期待しているからな」
「はあ……?」

 上司の言う言葉が今一理解できないままでもありつつ、私は執務室を後にした。第一、私がこんなにも仕事を渋る理由は、その、これから会うつもりの同期が原因なのを知っているものはいない。



「よくきたな名前」
「久しぶりね、肋角。あなた、また随分と背が伸びたんじゃない?」
「お前が縮んだのだろう」
「あら、随分な言いようね」

 かつて閻魔庁で一緒に働いていた友人の肋角、別格仲が悪いわけではなかったし、寧ろ同期間では良い方に周りからは見えていたと、思う。私は、彼が苦手で仕方が無かった。私が欲しいと言ったものは何故かいつも彼からプレゼントされ、私に身体的か肉体的に傷をつけてしまったもののことを聞きだし後日その人が仕事場を辞めたり様子が可笑しくなっていたことなんてざらにあった。どうしてか分からない、彼は頼りになるし一緒に居る分には問題は無かったが、一度だけ仕事を辞めたいと口にしたとき「お前が辞めたいならそうしたら良い、俺もついていく。一生の友だからな」と発した彼は、怖かった。淀んだ緋色と縛り付けられたかのように重たい枷のような言葉で、初めて身の危険を感じ、こっそり別の部署へ遷ったほど。

「お前は、変わりないな」
「良い意味と捉えても良いのかしら?」
「ああ。あのころの、綺麗なお前のままだ」

 ぞわりと、冷たい氷のような柱が背中に突き刺さった。綺麗だった緋色は、初めて見たあの淀んだままの緋色で、寧ろさらに悪化しているような気がする。会話は普通なはずなのに、「汚されていないようで安心した」とまるで自分の所有物のようにも聞こえるのはなぜ? いいやそんなはずはない、私の気のせいだ。

「有難う。一応こっちには偵察という名目で来ているから、あまり邪魔しないようにするわ」
「俺はこのまま話をして、お前を長居させても良いと思っているが?」
「冗談! 雷を落とされるのは私なのよ?」
「はは、そうだったな」

 必死に取り繕うが、怖い。本当に私を返してくれないような気がしてならない、ああ、ダメだ、ここに居たらダメになるし、彼の事を信用出来なくなってしまう。早く、早く仕事を終わらせて閻魔庁に戻らないと。
 必要な書類だけを手に持ち、これから行う彼の仕事を観察するための準備を終わらせる。

「お待たせ、これから何をするの?」
「もうすぐ部下が任務報告に来るはずだ」
「分かったわ、邪魔にならない場所で見ているから」
「傍を離れるなよ」
「するわけないでしょう」

 少しでも離れるのが嫌なのか、腕を伸ばしたくらいまであった距離が、いつの間にか近づき肩に手を置かれた。ぎり、と手に力が込められたような気がするが、きっと、そうきっと、気のせいだ。
 さりげなく離れようとした時、軽く扉を叩く音が聞こえる。

「失礼します。肋角さん、任務報告へ来ました」
「うまくいったか?」
「はい!」

 大きな金棒を持ち、随分と礼儀正しくお辞儀をする青年だ。見る限り獄卒の一人だろう、綺麗に剃られた頭と爛々と輝きを放つ鋭利な紫色の瞳はこれからも期待させてくれそうな色を放っている。随分と良い部下を持っているな、昔、私にも同じように向けられていた灰青のエー玉を思い出し、思わず顔が綻んだ。

「……以上です」
「ご苦労だった、書類を提出し終えたら、一日休め」
「はい。失礼しました!」
「あの子、将来有望ね」
「他にも有望な奴はたくさんいるぞ。……お前と育成すれば、最強になるだろうな」
「あら、口説かないでくれる?」
「……どうだろうな」

 多分、言っている本人に自覚は無いのだろう。言葉の節々に感じる枷は、しっかりと私の身体に巻き付き呼吸を奪っていく。枷の重みで深海に沈み込んでいくように身体が重くなり、心臓がばくばくと大きな音を立てる。
 平然と、しなければ、余計な時間を過ごさずに早く、帰らないと。煙管をふかす肋角は、いたって普通なのに。
 一度呼吸を落ち着かせるべく深呼吸をすると、今度はノック無しに扉が開かれて肩が揺れてしまった。

「管理庁、先ほど閻魔庁から連絡が、おや……名前さんではないですか」
「あら、災藤!? 久しぶりね!」
「ああそうか、お前らは依然部署が同じだったのか」

 ほんのり赤らんだ血色のある顔色と、綺麗な灰色の髪、そして切れ長の眼窩に収められた灰青の瞳を持つ、かつての私の部下である災藤が顔を出した。あまりにも懐かしい再会に思わず顔が綻び彼の前に駆け寄る、ああ彼もやはり背が伸びている、どれだけ会っていなかったのかを目の当たりにされたようだ。

「相も変わらずお綺麗ですね名前さん」
「あらいやだ、あまりからかわないで、災藤だって端整な顔付をしているくせに」
「有難うございます」
「昔に戻ったようだな」

 先ほどまでの緊迫した空気が嘘のようだ。ちらりと後ろを振り返れば肋角は先ほどと変わらない笑顔のまま私たちを見ているし、傍から見れば普通に和やかな光景に違いない、否、私も今は普通に楽しんでいる。

「(災藤が来てくれて、本当に助かった)」

 はずだった、

「本当に、名前さんはお綺麗だ。……心配になるほど」
「…………え?」

 空気が、凍てつく。うっとりと灰青の瞳を蕩けさせ私の頬を撫ぜ上げた部下は、私の知っているかつての部下の姿とは到底かけ離れていた。

「(嘘、でしょ)」

 肋角と同じように、淀んだ灰青と、枷を含んだかのように重たい言葉。綺麗なエー玉は無い。ああ、あああああダメだ、彼も、災藤も、あの日の肋角と同じだ。
 
「(このままだと、私は、)」

 逃げなければ、捕まる。確信も無いのに脳内で警報がうるさいくらい鳴り響いて、私は無意識に顔を背け、声を荒げる。

「ご、ごめん、私ちょっと上司に伝え忘れたことあるから一回帰るね!」
「上司? なにを言っているのですか名前さん」
「え?」
「災藤、閻魔庁の連絡を教えろ」
「分かっていますよ、全くせっかちなお方だ」

 二人の意味ありげな微笑みが分からない、どんどん温度と色を失っていくこの空間から逃げたいのに、足が動かなかった。
 幸せだった閻魔庁へと戻りたい、あの場所へ帰りたい。少しだけじっとしていればすぐにあの場所へ行けるはずだ、そして泣き落としでこの任務は無理です。と言えばきっと上司もただ事ではないと思い任務を他の人にしてくれるだろう、そう、私の、上司が。
 
「(あれ、そういえば上司)」

 別れ際なんて言ったっけ? 確か、あれって聞こえ方的にお別れのような……。

「-----------あ」

 誰にも聞こえない声で、私は声を発した。そして、その言葉の意味を理解したと同時に、聞きたくなかった災藤の声が鼓膜を揺らす。

「名前さんは、再来月から特務室へ異動します。偵察の仕事が終わった後、私と管理庁の二人でこれからの仕事を教えていけ、とのことです」

 世界の色や、音や、温度が、全てが消え果たように妙な浮遊感が襲ったようにも見える、満足気に微笑み報告をする災藤の言葉を聞き終えた肋角は、待ち望んでいたかのような、やっとこの時が来た。とでも言いたげな笑顔を浮かびあげ、私の両肩に手を添え、耳元に唇を寄せ囁く。

「……やっと、望みが叶った。これからは、ずっと一緒だ」
「何年もの間、交渉した甲斐がありましたね」
「ああ、お前が汚される前に取り戻せて良かった、大丈夫だ名前、これからも俺が守ってやる。俺達は、古き親友だからな」
「私も、貴女の元部下として、生涯仕えます」

 ああ、私は既に縛られていたんだ。

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ヤタ様リクエスト、ヤンデレな肋角と災藤でした。
一応書いてあった内容に自分なりのストーリーを組合わせましたが如何でしたでしょうか、表面には出さないヤンデレは初挑戦でしたがとても楽しかったです。
表向きから見たら普通の会話、を目指しました。

お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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