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無色透明な世界を色づける人

背中に、触れるか触れないかくらいの距離で指先が走り身体が震えた。
私は、朝のこの時間がとても好きだ。カーテンから零れ出る光の粒子がベッドの端っこを照らしだすこの時間。
 昔は苦手だったのに、朝の光も、起きることも、起こされることも、煙草の匂いも。けれど今は起きた時に陽の光と共に煙草の匂いが鼻腔をふわりと擽らなければ物足りないほどにまで、堕ちている。

「んん……」
「起きたか、名前」

 心地よい声が鼓膜を擽り、それだけで身体がかっと熱くなりそれと同時に寝起きでぼやけていた視界が鮮明になった。

「おはようございます」
「ああ、おはよう」

 彼の匂いと、煙草の匂いが染みついた枕に顔を埋め、掠れがかった声で朝の挨拶をすれば慈しみと優しさが込められた柔らかい緋色が鋭利に細められ私に降り注いだ。
 月に数回ほど、女中の私と一つの課を束ねる肋角さんだけの逢瀬の朝は、身を焦がしてしまいそうなほど愛おしく、美しく、幸せな時間だ。とは言っても、それは彼と会っている時間全てに当てはまるのだけれども。
 朝一番に響く声と、視界に映る景色と、身体に染みつき鼻を掠める匂い。なんてことのない日常の始まりなのに、涙が出そうなほど幸せでおかしくなりそう。

「……」
「肋角さん?」

 上半身は裸で、枕元で煙管をふかしている彼は、普段よりもより一層色香を纏い直視出来ない。
 パサついた唇の隙間からゆったりと曲線を描き天井へと踊る紫色の紫煙は部屋を水面のように侵食し、私の身体にもねっとりと絡みつく。
 陽の光で浮き出る姿も相まってあまりの眩しさに目を細めてみれば、それに気付いたのか彼は煙管を置き私の髪の毛を一撫でし米神に唇を押し当てた。

「っ、」
「朝一番に、こうしてお前と過ごせることが嬉しくてたまらない」
「……同じことを思っておりました」

 動くたびに響く布吾擦れの音、甘ったるく掛けられる声、髪の毛を撫で付ける冷たいけれども暖かく大きな手。生ぬるく少し乾燥した唇に、昔から彼の体内を巡る紫煙の匂い、この人がいるだけで色付きと輝きを取り戻す世界に居る私は、きっと誰よりも幸せに違いない。
 今日からお互い多忙な日が続いてしばらくは会えない、その現実から目を背けるかのように目線を上げるべく顔を動かせば、蕩けたようにぎらつく緋色が私の視界に映り込む。
 射抜くように見つめられ、動けずにいたがひゅっと呼吸をした瞬間に好きだが慣れない煙が身体に入り込んで、咽るような感覚が喉を襲った。

「けほっ、!」
「大丈夫か? すまない、すぐに消す」
「いいえ、大丈夫です」

 消さないでくださいまし。と小声で呟きながら煙管の火を消そうとする手を静し、匂いが籠った唇に口吸いをする。
 私がわずかに開いた唇から紫色の煙がゆるゆると入り込み、正直おいしくないし下手をしたら気持ち悪くなりそうなのに、身体は拒むことなくそれを受け入れる。
 肺を満たすそれは、彼の口から漏れ出たものだと思うと、どこか高揚感が襲いこんでしまう。

「……やはり、慣れません。けど、肋角さんのなら全然平気です」
「…………参ったな」
「如何なされました?」

 照れくささを誤魔化すように煙管を口にした肋角さん、先ほど零れ出た言葉が気になって私は思わずつめるように言葉を返せば肋角さんはふっと息を吐いて照れくさそうに笑った。

「こうも名前に予想外の事をされると、どうしていいのか分からなくなる」
「あらあら、まあ」

 ここまで俺を乱すのはお前が初めてだ。付け加えられた言葉は右から左へ流れていってしまうほど、顔こそは赤くはなっていないが照れくさそうに言い放たれた言葉は想像以上に破壊力を持ってこられた。
 なんて、可愛い人だろう。私よりも数百も年上なのに、時折思春期の少年のような姿を見せる。
 けど私は出来た女じゃない、気の利いた言葉の一つも掛けられずただただにやける唇を抑えるため枕元に顔を埋めていれば、ひときわ大きな布擦れの音と吐息のようなものが背中から掛けられる。

「っ、ひゃ」
「可愛い人、と思っていただろう?」
「……バレておりましたか」
「顔に出ていたからな。だが、可愛いだけじゃ生きていけないぞ」

 背中に唇が落とされる、薄手のパジャマを纏ってはいるが地肌に吸い寄せられたような感覚が襲いこみ、頭がくらくらしてしまう。
 ああ、やっぱりこの人は大人だ。狡くて、聡明で威厳があって時折少年のような心を持ち合わせる、大人な男性。

「肋角さん……」
「なんだ?」
「あなたが可愛いだけじゃないのは、誰よりも知っております」
「……はは、言ってくれる」

 燻る紫煙の匂い、鼓膜を揺らす低い声、死人特有の冷たい体温、私にだけ向けられる優しい緋色。
 誰よりも大人で、色っぽく私を甘やかしてくれる、私だけのろっかくさん。

「お慕い申し上げます。これからも、ずっと」
「俺の世界には、いつもお前が中心だ」

 世界を色づけてくれる、世界一愛おしいあなた。

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吉犯様リクエスト、甘く色っぽい肋角さんでした。
寝起きは誰かに甘えたくなりますし、好きな人との朝の時間は良いですよね。
女中の夢主は誰よりも早起きだと思いますが、彼女の寝顔を見ていたいがために早起きをしている肋角さんとか考えたら死にそうです。
色っぽい雰囲気出せていたでしょうか。

お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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