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触らぬ鬼に祟り無し

「木舌先輩」

 抑揚のない声が既に静まり返っている食堂に響いた。既に賄い婦のキリカも、洗濯係のあやこも十七時には出払ってしまっている。
 時間は夜中の二十一時三十分。館に住んでいる獄卒達は部屋に居たり夜間の任務だったりその他各々好きなことをやっている時間に違いない。
 昼過ぎに出向いた任務が長引きようやく館に戻り、上司に報告する前に軽くお腹に入れようと入ってきた名前の目に映った光景は、ジュースの空きビンを周りに転がしテーブルに突っ伏している見慣れた同僚の姿だった。はぁ、とため息を零しつつも声を掛けてみたが、返事はない。どうしてこうなっているのかは大体予想がついている、現に彼女はこの異様な光景を数回ほど目にしている。

「先輩、空きビン片付けないと怒られちゃいますよ」
「おれが求めている炭酸は、こんなんじゃないんだ……!」
「はいはいけどこれ美味しいですよね」

 空きビンに貼られているラベル、オレンジのマークと丸みを帯びたポップで描かれている「オレンジ炭酸」という文字。どうやらずっとこれを飲んでいたらしい、オレンジの酸味と微炭酸が成す味は好きでよく焼酎などで割って飲んでいる代物だ。苦渋に満ちた顔で呻る木舌をあしらいどこからか取り出したビニール袋に空きビンを放り込んでいく。
 そもそもこうして同僚がグロッキーな状況に陥っている理由は、幾度目かの禁酒を現在進行形でしているからだ。館に居る時は大概酒に溺れかき氷にビールをぶっ掛けるとんでもを行うほど酒が大好きな彼、しかし酒豪なのかぐでんぐでんに酔って周りに迷惑を掛けたことは殆どない、そのため周りも目を瞑っていたが、ついこの前行われた健康診断で酒の飲み過ぎによる肥満。と先生に言い渡されそれが最悪な事に上司である肋角の耳に触れ、今まで成功した試しがない禁酒命令がまた、言い渡された。

「名前〜……」
「けど、どうしてこうもたくさんオレンジ炭酸なんですか?」
「ビールに似てる……泡のないビール……」
「……」

 この世の絶望を全て背負っているかのような表情に、名前は自身のほお肉がひく、と引き攣ったのを神経で感じ取る。

「そこまで追い詰められているんですね」
「どうして、おれが……」
「禁酒が成功した事例なし、そのせいで健康診断で最悪な結果を出せばですねぇ……」
「う……」

 名前の冷静なツッコミに、木舌はわざとらしく胸を抑えると再びテーブルに突っ伏してしまった。「ま、」と床に転がった最後の空きビンを無造作に袋に入れると、少しばかり意地悪く笑い銀鼠の瞳をいやらしく細めた。

「これを機に本格的に頑張ってみるのも良いと思いますよ?」
「えぇ……禁酒初日だけど、もう死にそうなんだよ」
「最初はそうですって。慣れますよ」

 いじわる! とさらにまたわざとらしく泣き真似をする木舌に先ほどと同じ量のため息が自然に零れ出る、なにか言ってやろうかと思ったけど変に慰めるのも嫌なので出かかった言葉はそのまま舌の上で転がし嚥下する。
 反応が無いのが寂しいのか不明だが、ついに木舌は壊れたのか勢いよく頭をあげて名前の服を引っ掴む。

「名前〜……お願い一口だけ!」
「は?」

 名前自身、良くも悪くも諦めの早さは人一倍だ。こうしてしつこく絡めば強請ればしつこいを誰よりも嫌う彼女のことだから前みたいに「自分がやったって言わないでくださいね」と言って酒を恵んでくれるはずだ、と木舌は脳内で働きかける。

「名前!」
「ダメです」
「名前〜」
「今回ばかりは折れません!」
「なんで!?」
「あんなお腹で良く平然とそんなこと言えますね!?」
「う」

 しびれを切らしたのか、しかし押し問答は時間にして一分程しか経過していない。いらだつのを抑えるように髪の毛を乱し声を荒げれば至極まともな返答に思わず口ごもった。

「だいたい、普段から酒飲みすぎなんですよ。寧ろ禁酒して抑えたらどうですか? 飲み終わったものの回収は自分とか佐疫先輩がやっているし、出来るなら文句は言いませんよ。けど実際は? はいはい飲み終わったらそのまま飲みつぶれるのが殆どそんなのがいつまでも続くと思うな!」
「ご、ごめんって……」
「まあ無理だと思いますけどね」
「え?」
「今回の禁酒も欲望に負けて三日も持たないことくらい知っていますよ。言いませんでしたけど」
「……、」

 吐き捨てるように言い放った同僚の言葉に図星なのか、さすがにカチンと来たのかついに口を噤んだ木舌。

「ダメとか言いましたけど、飲んだらどうですか。自分のせいして構いませんから、どうせ続かないんだからだったらこのまま飲み続けた方が良いですよね」
「……いらない」
「いらないんですか? 我慢は身体に毒ですよ」

 明らかな挑発なのは分かっている、何かが確信に触れて普段温厚な木舌の顔に影が刺さったのを名前は気付かぬまま普段は絶対言わないような辛辣な言葉を出す。
 きっと酷いな〜、なんてへらっとした笑いを見せて「もうちょっと頑張る」と言ってくれるだろう、そう思い心を鬼にする。

「これが無いとダメなんでしょ、飲めば良いじゃないですか」
「……名前」
「……っ!」

 鈍い打突音が響いた時には背中から大きな衝撃が走る。瞬時に起きた出来事に脳内が追い付かなかったが、名前の細い肩は木舌の骨ばった手に包み込まれ骨が軋む、服が集中して皺が寄るほどきつく握りしめられている。
 痛みが無いが圧迫感か、爪が肉に喰いこむ嫌な感触が身体に襲い掛かり、動揺と困惑の中顔を上げてみれば、そこには光を失った翡翠と唇を真一文字に結び無慈悲に見下ろす木舌が映り言葉を失う。

「きのした、せんぱい?」
「仏の顔も三度まで、って言うらしいけど、禁酒で気が立ってるのか三度までいかなさそうだ。寧ろもっと短くなってるみたい」
「え、えええ?」
「随分と威勢のいい挑発、喧嘩を売ってくれたね。おれ今凄いイライラしてる」

 感情の無い声が鼓膜を静かに揺らし、肩を握る手にさらに力が籠り骨がメキ、と鳴った。いつも穏やかに笑っている彼からは感じられないほど冷徹で冷淡な声色と表情は恐ろしい。

「そんな事を思ってたんだ。おれって信用ないなぁ」
「え、いや、今のはなんというか……」
「やるよ」
「え?」
「禁酒。一か月」
「本当、ですか?」
「ああ。出来たら、おれの言う事なんでも聞いてね」
「は!?」

 本気なのか、にやりを口角を吊り上げいやらしく笑った木舌のやる気に多少の感動を覚えたが続けて吐き出された言葉に声が裏返る、この流れのうちに表情はいつもの木舌に戻っていたが、なにか違う。
 頑張ろう。と笑う木舌に「待って下さい」と静止を掛けようとしたが、それは木舌の指により唇を抑えられ言葉は空気と化した。

「名前?」
「んん」
「成功しないって思ってるんだもんね? そんなに慌てる必要ある?」
「っ……」
「売られた喧嘩は、今だけは買っておくね」
「(やってしまった……)」

 この一か月間、何が何でも禁酒を失敗させなければ。妖しく光る翡翠に映る名前の顔は、笑ってしまうほど情けなくなっていた。

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廃川様リクエスト、禁酒中の木舌に喧嘩を売る固定主です
うまい具合に喧嘩を売っているのか、説教じみてしまいましたが珍しく挑発してる固定主でした、任務疲れで固定主も気が立っているからあんな事を言ってしまったんだと思います。
禁酒の木舌は普段より気が立っていてちょっとした事で苛立ってたりしたら良いなぁ、と思っています。

お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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