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一日だけの特別な遊戯

「……あれ」

 昼ご飯を食べ終え、部屋に戻ろうと思ったのだが三階へ続く階段に小さな男の子が居る。隅っこで丸まって何かを見ているのか泣いているのか分からないが明らかに変だ、ぶかぶかの制服を着ているし、しかしこの屋敷にここまで小さな子は居ないのは確かだ、というか居たとしても見習いだろうしセーラー服を着ているはず……、迷子? 一応声を掛けた方が良いかな。
 こつこつと長靴を慣らし丸まるように座っている男の子の前に来るように移動し、私は座り込んだ。

「君、こんなところで何をしているの?」
「……ふぉ?」
「(あれ)」

 顔をあげた男の子を見た瞬間、私は目を見開いた。短く切られている髪に、まん丸な黄色の瞳、……その姿は私が昔から知っている同じ課に勤める同僚に姿形がそっくりだった。しかし明らかに違うのは背だ、あの人はこんなに小さくない。ぽかんとした表情で私を見つめる男の子に笑顔を見せて、私は再び言葉を投げ掛けた。

「どうしたの?」
「んー? なんか、まっくろいへんなの追いかけてたらここにいた!」
「……君のお名前は?」
「ひらはら!」
「え」

 真っ黒い変なものよりも、この男の子が発した名前に固まる。ひらはら? ひらはらって私の中で知っている限り、この男の子に姿形そっくりの人しか思い浮かばないんだけれども、偶然同じ名前なのかも知れない。うん、それしか考えられない。だって同僚がこんな小さな男の子になるなんて考えられないし、きっとそうだ、うん。
 とにかく迷子だろうから肋角さんの元に連れて行こう、黙っている私がおかしいのか笑顔を浮かべたままこちらを見る男の子の脇に手を通し小さな身体を持ち上げた。

「えーと……ヒラハラくん、」
「ねーちゃんのなまえは?」
「自分?」

 腕の中に大人しく収まって上目遣いで見つめてくる男の子に心臓が高鳴った。ああ可愛い、小さい子は尊い。というかまさか名前を聞かれるとは思っても見なかった、けれどもここで名乗らないのもおかしい話だ、私はヒラハラくんを抱っこしたまま歩き出すと同時に名前を名乗る。

「名前だよ。宜しくねヒラハラくん」
「名前ねーちゃん!」
「うん」

 気に入ったのか楽しいのか分からないがヒラハラくんは私の首に腕を絡めてぎゅうっと抱き付きながら再び「名前ねーちゃん、名前ねーちゃん!」とオウムのように言っている。……何この可愛い生き物天使か。もしかしたら姿形が生き写しとも言えるようなあの人の小さい頃もこんな感じなのかも知れない、ぎゅうと抱き付いてくるヒラハラくんを落とさない様にしながら、執務室へと向かった、とは言ってもすぐ近くに併設されているからさほど時間も掛からない。子ども特有の重みを腕で感じながらも木で出来た扉をノックしようと手を出した瞬間、扉の奥から騒がしい声がくぐもって聞こえる、……なんだろうこういう声どこかで聞いたことがある。ああそうだ前任務で行った小さな子達を保護している施設とかで聞いた騒ぎ声だ、……まさか、肋角さん? さっと血の気が引いて急いで扉をノックして開けた。

「し、失礼します! 肋角さ、」
「……名前か」

 全身から血の気が引くとはこういった事では無いだろうか。やつれ切った肋角さんの腕には四歳くらいだろうか橙色の目の幼児が抱えられており、執務室のソファには緑色の瞳をした周りの子達よりも幾分大きい翡翠色の目の子どもが青色の幼児を抱えているしその両サイドには紫色と水色の瞳を持った幼児が、座っている。……え?

「……失礼しました」
「待て。話を聞け」
「いや、大丈夫です。肋角さんに隠し子が居ても自分驚きません寧ろ居てもおかしくないと思いますし、」
「名前」
「すみません」

 いや、けど肋角さんが出した声じゃなくて良かった。今だ幼児を抱いたまま肋角さんに促され私も執務室にお邪魔すると上司である彼は私の腕の中に居るヒラハラくんに目を向け、ほっとした表情を見せる。

「平腹を見つけてくれたのか」
「え? ヒラハラって、」
「そいつだ。田噛に着替えをさせている間に脱走してしまって誰かを呼びつけようかと思っていたんだ」
「……あの、これは一体?」
「どうやら怪異の影響で年齢容姿共に幼くなってしまったらしい」
「……マジすか」

 平腹先輩と思われる腕の中の幼児に目を向ければ、ただただ黄色の瞳を細めてにかっと笑うだけだった。



「閻魔庁の官吏達が連れて来てくれたんですね……」
「ああ。キリカも今日は別件で出ていてな、他の物もいなく私一人で面倒を見ていたのだが……」
「そんな時に平腹先輩が抜け出しちゃった、と」
「お前が来てくれて本当に助かった」

 要約するに、閻魔庁で仕事の手伝いをしていた先輩達が裁判を受ける亡者が連れてきた怪異に巻き込まれ見た目中身共に子ども化してしまった、とのことらしい。館の物も運悪く多忙でキリカさんもあやこさんも別件で館には居ないと……、しかし肋角さん一人で面倒を見ていたのも凄い。平腹先輩が出て行ってしまったとき、どうしようもなくなり私の連絡を使用としたら運良く来たということか。肋角さんの腕の中には先ほどの子ども、どうやら田噛先輩らしくこちらを不思議そうに見つめており平腹先輩も肋角さんの膝に座って楽しそうに身体を揺らしている。

「あの、どうするんですか?」
「幸いな事に私もこの後急ぎの仕事は無い、……名前、申し訳ないがこいつ等戻るまで私と一緒に世話をしてくれないか」
「自分でよければ!」
「すまない。部屋から出られると困るからここで面倒を見るぞ」
「はい」

 辺りを見回せば、他の子達よりも幾分大きい背の木舌先輩はお兄さんらしくきょとんとあどけない顔を浮かべている斬島先輩を抱っこしており両サイドには木舌先輩よりも身体が小さい佐疫先輩と谷裂先輩が大人しくソファに座っていて、……あれ、良く見ればみんな子ども用のセーラー服に身を包んでいる。何これ可愛い。お話の終わりが気になったのか木舌先輩が斬島先輩を膝から下ろして肋角さんの元へ近付いた。

「ろっかくさん、お話終わりましたか?」
「ああ今終わったところだ。名前も居るからな、何かあったら遠慮無く言うんだぞ」
「はい」

 ふにゃりと笑う木舌先輩は私の方に翡翠色の目を向けると、これまたふにゃりとはにかんで手を振ってきた。何これ天使、思わず膝から崩れ落ちたくなる衝動を抑えて私も手を振り返す。すると、足に何か違和感。何かが触れた感覚がしたので足元を見れば水色の目、……佐疫先輩が私の足に張り付いてじぃっとこちらを見つめている。

「えっと、……佐疫くん、どうしたの?」
「名前ねえさま、あそぼう」
「……っ!」
「名前、気持ちは分かるが興奮するな」
「で、ですけど……! か、可愛いっ……!」

 きょとんと小首を傾げて上目遣いで言葉を発した佐疫先輩の破壊力は半端無い。心臓を鷲掴みにされたような感覚が身体中に駆け巡り私はすぐに佐疫先輩と視線を合わせるようにしゃがみ込むとそのか細い身体を思い切り抱き締めた。うわあああ柔らかい小さい、子ども特有の良い匂いするし……やばい、だらしなく緩みきった顔隠せてないかも。

「ねえさま〜……くるしい」
「あ、ああすみません。つい、」
「……」
「ん?」

 くい、と髪を引っ張られたので後ろを振り向けば指を服の裾を握り締めている青い瞳、斬島先輩が私の後ろに立っていた。腕の中の佐疫先輩はすりすりと私に擦り寄っているし斬島先輩は斬島先輩で立っているだけで十分破壊力抜群だし、……どうしたんだろう。

「斬島くん?」
「……名前ねえさん、お、おれもぎゅーってして欲しい、です」
「〜っ! 勿論だよ斬島くん! 幾らでもお姉さんぎゅ―ってしてあげるよ!」
「わあおれもおれも〜。名前おねえちゃんにぎゅーしてほしい〜」
「オレも!」
「うわっ、ちょ、待って……!」
「何だ、随分人気者だな名前」
「……」

 一度気を許せば子どもというのは容赦が無く、一気にわらわらと木舌先輩、平腹先輩、斬島先輩達が私の身体にしがみ付いてくる。ちょ、待ってさすがの私も一気に四人を抱き締める事は出来ないぞ。そして遅れてやって来たのは田噛先輩で、無表情だが少し覚束ない足取りでこちらにやって来たと思ったらそのまま私の背中に張り付いてきた。……天使。

「お前たち、あまり名前を困らせるなよ」
「それにしても自分の名前知ってるとは思いませんでした……平腹先輩には名前聞かれたので」
「個人差だな、まあお前の名を忘れているのは平腹だけだが」
「あー……何となく納得出来ます」
「……」
「(……あれ)」

 思えば、まだ谷裂先輩と会話をしていない。ソファに大人しく座っている谷裂先輩を見れば一度だけ紫色と目が合ったが彼はすぐにそっぽを向いてしまい肋角さんの元へと駆け寄ってしまった。

「どうした谷裂」
「……なんでもないです、ろっかくさん」
「あれ……自分嫌われてます?」
「いや、慣れないだけだろう。気にするな」
「そうですか……」
「あまり落ち込むな、子どもたちも心配するぞ」
「はい……」

 谷裂先輩を抱え肩車した肋角さんは、私の頭を撫でるとそのまま窓へと身体を向けてしまった。……確かに谷裂先輩は対人関係においての壁は厚そうだ、子どもは正直だし警戒心も隠されていなかったし、ちょっと悲しいかも。

「ねーちゃん、どうした?」
「どこか痛いの?」
「……」

 表情が、私の腕の中に収まっている平腹先輩と佐疫先輩に見えたのか、元気の無い声が耳に入り込み私は慌てて笑顔を作った。言葉は出していないが同じく腕の中に居る斬島先輩も不安そうに私を見上げていた、木舌先輩はいつの間にか背後に回っていて、田噛先輩を抱っこしている。子どもが子どもを抱っこしているという構図はとても癒されるというのを知った。

「大丈夫だよ。心配してくれて有難うね」
「名前おねえちゃん」
「ん?」
「……いたいのいたいの、とんでけ」
「……! ろ、肋角さんっ……! じ、自分、今なら、死ねます……!」
「お前は特務室では一番下だからな、気持ちは分かるが取り乱さず落ち着け」

 木舌先輩に名前を呼ばれて、振り向いたと思ったら彼の腕の中に居た田噛先輩が相変わらず無表情ながら舌ッ足らずな言葉で私の頭を撫でてきた。どうしよう、気を抜いたら私絶対叫ぶ、迸るこの興奮を抑えることが出来ず肋角さんの方を振り向けばいつの間にかこちらを向いており若干苦笑しながらも声は優しかった。
 ついでに彼の肩に乗っている谷裂先輩に目を向けたけど視線は合う事が無い、……寂しい。けど、無理に近寄っても怖がらせてしまうだけだからここは大人しく我慢しよう。

「なあなあろっかくさん、オレお腹すいたー!」
「ああもう三時か。……軽食か何か食堂にあったか……」
「肋角さん、自分皆さんにおすそ分けしようと思って今朝作っておいたプリンありますよ!」
「タイミングが良いな。食堂へ赴くのは気が引く、今日はここでおやつを食べると良い」
「じゃあ取って来ます」
「名前おねえちゃん、おれもお手伝いする〜」
「わあ本当? 有難う木舌くん、じゃあお言葉に甘えるね」
「えへへ、任せて!」

 得意気にはにかんだ木舌くんのさらさらの髪を撫でるように梳けば嬉しくなったのか私の腰元にぎゅうと抱き付いてきた。……本当に、彼等の行動一つ一つで私のライフゲージは根こそぎ持って行かれている気がしてならない。「ちょっと出かけて来るね」と腕の中に居た彼等と木舌先輩に降ろされた田噛先輩に言えば彼等は少しだけ寂しそうな表情をしつつも「早く帰ってきてね」と口を揃えて言うのでニヤける顔を抑えつつ私は立ち上がり木舌くんの小さな手を取って執務室を後にした。

「木舌くんは、良いお兄さんだね」
「うん! おれお兄さんだもん、それに斬島達と遊ぶのすごくたのしいよ!」
「そっか」
「けど、おれおねえちゃんもほしかったんだ」
「!」
「だから名前おねえちゃんと居るのはもっとたのしい!」
「……、私も凄く楽しいよ。おやつ食べたら遊ぼうね」

 特務室では一番のお兄さんでもある木舌さんの気持ちは分からなくも無い、かも。私も一番下の末っ子みたいなタイプだから時折弟とか妹みたいな存在の子とか来ないかなと考える事も有るし。時間は限られているけれども、彼の要望はしっかり満たしてあげよう。勿論、彼以外の先輩達も出来るだけ満足してあげられる環境を作るつもりだ、貴重な一日を絶対に無駄にはしたくない。
 三階にある自室へ行き、冷蔵庫から人数分のカップに入ったプリンを取り出し後ろで大人しく待っている木舌くんに差し出す。

「じゃあ、木舌くんは二個持ってくれる?」
「名前おねえちゃん、たくさん持って平気?」
「大丈夫だよ。心配してくれて有難うね」

 本来なら纏めて入れられる紙袋なんかが欲しいけれども生憎今は持っていないしなぁ……仕方ないだろう。渡されたカップを大人さないよう小さな両手でしっかりと持っている木舌くんに笑みを零しつつも私達は再び執務室へ向かって行く。
 手軽に食べられる普通サイズで良かった、本来ならもう少し大きいコップでも使おうかと思ったのだが甘いモノは一気に食べると気分が悪くならと考慮しておいて正解だ、予定していたカップ使っていたら絶対私と木舌先輩じゃ持てなかった。

**

 執務室に戻れば一斉にみんなが駆け寄ってくる、谷裂先輩を除いて。肋角さんがいつの間にか用意してくれた大きなテーブルにみんなを座らせてプリンを並べていけば一瞬見ただけでも分かるくらいみんなの色取り取りの双眸が光り輝いている。ああ、こういう反応は作った側としてはとても嬉しい。
 手を合わせていただきます、と言えば一斉にプリンにがっつく子どもたちを肋角さんと二人で見つめる。

「美味いか?」
「おいしいです!」
「うっめー!」
「……」
「おいしいね、斬島」
「ああ、うまい」
「……ん」
「あと一個残っていますけど、肋角さんどうですか?」
「いや私は構わない。お前が皆と食え」
「では、お言葉に甘えて」

 とは言ってもそれよりもまず先に色々やらなければいけない事がありそうだ。私の考えを汲み取ったのか肋角さんも腕まくりをして机の上に置いてあるティッシュの箱を取りプリンを頬張っている子どもたちの前に置いてあるテーブルの上に置いた。さてさて、口が汚れているのは……やっぱり平腹先輩か、

「平腹くん、一回口元拭こうか」
「オレもっとたべたい!」
「まずはお口綺麗にしてからね」
「んんっ」

 気持ち良いくらいに口元を汚している平腹先輩の口周りを拭いながら他の子達を見れば、平腹先輩の隣に座っている田噛先輩なんかは黙々と食べ進めている。けれど時折浮かべる笑顔は正直写真に撮って置きたい、カメラ持ってくれば良かった。

「斬島、付いているぞ」
「むっ」
「あ、佐疫もついてるよ〜」
「木舌、取って」

 ここでも発揮される木舌先輩のお兄ちゃんスキルだ。とは言いつつも彼の頬にも少しばかり食べカスが付いている、平腹先輩の方を見れば口元も綺麗になり視線は手元のプリンに注がれているので、私は「はい綺麗になった」と言えば笑顔で「名前ねーちゃん、ありがとう!」と言いまたプリンを頬張り始めた。さてさて次は木舌先輩か、と思ったがその前に肋角さんが私に耳打ちをする。

「名前、谷裂を頼む」
「え、けれど」
「大丈夫だ」
「……」

 何が大丈夫なのか分からないけれども、肋角さんに言われると本当に大丈夫なような気がしてならない。立ち上がり田噛先輩と同じようにプリンを頬張っている谷裂先輩に近付けばすぐこちらに気付いたのか持っていたスプーンをぴたりと空中で止めてこちらを睨んできた。あ、やばい別の意味でライフゲージ持ってかれる。彼の近くに寄りしゃがみ込めば相も変わらずつり上がった紫はこちらを射抜き口元も“へ”の字から変わることはない。

「谷裂くん、プリン美味しい?」
「……」
「お姉さん、こういったお菓子作るの好きなんだ。こうしてみんなが喜んでくれる顔みたいから」
「……」
「だから、食べてくれて有難うね」
「…………い」
「ん?」
「おいしい、から、……また、作ってくれ」

 唖然。まさにそれしか無い、途切れ途切れに放たれる言葉と共に赤みを帯びていく頬を見届け私は目を見開いた。照れ臭いのか視線は合わせてくれないが確かにその言葉は否定では無く肯定に似たような、立ちはだかっていた壁が崩れていく音がしたのを聞き逃すわけが無い、ゆるゆるとつりあがる口角を押さえ私は彼の坊主頭に手を乗せゆっくりと撫で付ける。

「有難う。次も頑張るよ」
「……うん」

 小さい事は、どうしてこうも尊い存在なのか。思えばこの子達は私が普段知っている彼らの幼い頃なのだ、というかは彼らも昔はこんな感じだったのだろうか、それを肋角さんや災藤さんが面倒を見て……、それは私も同じか。大きくなった彼らと共に時間を過ごしこうして成長してきたのだ。

「さて、そろそろ食べ終わる頃か」
「片付けてきますね」
「ん〜……ねむくなってきた……」
「……」
「あ、おい田噛! ここで寝んな!」

 空っぽになったカップを重ねている間、お腹いっぱいになったからか小さくなった先輩達は眠たそうに瞼を動かし目を擦る子も居た。肋角さんもそれに気付いたのか既に意識が落ちかけている田噛先輩を抱っこすると私の方を振り向いて言葉を発する。

「仕方ない。隣の部屋で寝かせるか」
「肋角さん、良いんですか?」
「なに構わない。来客用の布団を持ってくるから先に寝かし付けててくれ」
「はい」

 肋角さんの腕の中でこくりこくりと舟を漕いでいる田噛先輩を受け取れば、そのまま私の服をきゅっと掴み首元に顔を埋める。隣の部屋は肋角さんの部屋だが、……ここまで出来るのは本当に凄い、彼から鍵を受け取って先に落ちかけている田噛先輩だけでも寝かそうと思い部屋の扉を開ければ、大の大人有に入れそうな大きなベッド……まあ肋角さん二メートル近い高身長だしこのくらいは当たり前か。掛け布団をどかし、田噛先輩をベッドに沈み込ませようと身体を離すが、どうやら彼はしっかりと私の服を握り締めており離す気配が無い。

「……田噛くん、ちゃんと横になろう?」
「……ねえちゃん、いっちゃヤダ」
「〜っ……大丈夫。どこにも行かないよ」
「……」
「ほら、寝んね」

 ベッドに沈み込ませ、私の少しだけ身体を沈みこませれば安心したのか田噛先輩は指を咥えて私の方に身体を近づけ目を瞑った。……試しに一定のリズムで身体を叩けばすぐに寝息が聞こえてきて、握られていた服もいつの間にかベッドに落ちていた。しかし田噛先輩が寝てもスペースは十分空いている、これ全員寝れるような気がする。
 掛け布団はみんなを並べてからの方が良いかな、いや、一応掛けて空いているところは捲るように置いておこう。布団の準備をしている間に何時の間にか佐疫先輩の手を引いた斬島先輩がとてとてとやって来た。

「名前ねえさま〜……」
「名前ねえさん……佐疫がおちそうだ」
「わあ本当だ。ベッド連れて行ってあげるからね、佐疫くん」
「……ねえさん、俺も寝た方が良いのだろうか」
「そうだね、斬島くんも眠たそうだし眠った方が良いかも」
「わかった」

 気を抜くとそのまま倒れてしまいそうなほどフラついている佐疫先輩を慌てて抱き上げれば、ずしりと感じる重み。ああ、田噛くんもそうだったけれども子どもって眠たい時や寝ているときって凄く重い、身体の力が抜けるからかな。眠気とまだ眠くない、というような感覚の狭間をうろついているであろう斬島先輩の手を片手で引いてベッドへと誘導していく。
 私の腕の中で何時の間にか寝てしまった佐疫くんを田噛くんの隣に寝かせれば、その隣に斬島くんも寝転んだ、彼の青い瞳を目が合ったので私も「おやすみ」と言えば斬島くんは照れ臭そうに「おやすみなさい」とだけ言って静かに目を瞑る。……我儘も言わなかったし、あまりこのままじゃ眠れないだろうと思い彼の柔らかな黒髪を撫でるように梳くと、案外すぐに寝息が聞こえる。……子どもというのはスイッチのオンオフが激しい。

「名前、布団を持ってきた」
「あ、お帰りなさい肋角さん」
「……スペースは足りそうか?」
「うーん、多分足りるのでは?」
「一応用意はしておくか」

 畳まれた布団をベッドの脇に置いて、肋角さんは執務室に戻ったかと思ったら平腹先輩と谷裂先輩を抱えて戻って来た、その後ろには木舌先輩も付いて来てる。

「ねえちゃん!」
「こら平腹、声大きいよ」
「おひるねですか、ろっかくさん」
「ああ。お前達はたくさん寝て、大きくなれ。でなければ立派な獄卒にはなれないぞ」
「はい」
「オレねむくねぇぞ〜」

 さすが谷裂先輩、大きくても小さくても肋角さんに絶大な信頼を寄せている。谷裂先輩をベッドに座らせれば彼は大人しく布団に潜り込む前に私をじっと見つめた。

「……?」
「名前ね、えさん。おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」

 彼の傍に寄って、寝転がった後に頭を撫でれば嬉しそうに口元を綻ばせた。ああ良かった、最後は警戒心を全く持っていない。肋角さんはその隣に平腹先輩を並べるが平腹先輩は言葉通りまだ眠気が来ていないのかつまらなそうに唇を尖らせて肋角さんを見つめる。

「平腹、たくさん寝ないと大きくなれないぞ?」
「んー……」
「肋角さん、自分寝かしつけましょうか?」
「いや、ここは私がやろう。久しぶりに懐かしい気分を味わいたくなった」
「ふふ、分かりました。じゃあ木舌く、……あれ」

 さっきまで姿を見せていたのに、いつの間にか木舌先輩が居なくなっている。肋角さんを一瞥するが彼は既に平腹先輩の寝かしつけに入っているし、……執務室に戻ったのかな。まさか部屋は抜け出していないだろう、一抹の不安を抱えつつ執務室に行けば案の定そこには大人しく座っている木舌先輩が居た。

「木舌くん、寝ないの?」
「みんなが寝てからおれも寝るんだ」
「今日はそういうの気にしなくて良いよ。おいで」
「おれ重いから、名前おねえちゃん倒れちゃう」
「子どもがそんな心配しないの。よっ、と……」
「わっ!?」

 昔もそうだったのだろうか、妙に下の子達を気にする木舌先輩に感心しつつも甘やかしたい精神がむくむくと湧き出たので私は一度両手を広げるが周りの子達よりも幾度か身体が大きい木舌先輩は申し訳無さそうに断りを入れたので、私はそのまましゃがみ込み彼の両脇に手を通して持ち上げた。ずしり、先ほどの寝入った佐疫先輩より重量感を感じたが、これくらいなら平気だ、彼を身体に密着させて立ち上がれば木舌先輩は慌てた様子で私の顔を見つめる。

「だ、大丈夫! 名前おねえちゃんつかれちゃうよっ……!」
「こう見えて私結構力あるから平気。木舌くんも、もっと甘えていいんだから」
「……」
「いつも弟達の面倒お疲れ様。けど、今日だけはみんなと同じ弟になって良いんだよ」

 いつも飄々としているけれども、誰よりも面倒見が良く優しい貴方にせめても安らぎを。頭を引き寄せ背中を叩けば木舌くんの手が私のくびに周り、ぽつりぽつりと小さな声が鼓膜を打っていく。

「…………おねえ、ちゃん」
「うん?」
「おれが、寝るまで、…………抱っこしてくれる?」
「……もちろん。おやすみ」
「おやすみ、なさい」

 背中を暫く叩き、執務室をゆっくりと歩き回っていればすぐに聞こえる寝息と腕に圧し掛かる重量感。……少しは安らげただろうか。しかし今日は疲れた、ため息が出そうになるが何とか堪え肋角さんが居る部屋へ戻れば、既にみんな寝入っており肋角さんは部屋に備え付けられた窓から外の景色を見ていた。

「寝入ったか」
「はい、ぐっすりです」
「今日はすまなかったな、だが助かった」
「いえ、貴重な体験が出来て楽しかったです」

 私の手から木舌先輩を受け取った肋角さんは平腹先輩の隣に木舌先輩を寝転がせて掛け布団を掛けた。この人数でも少しだけ空きがある、子どもが小さいのか肋角さんが大きいのか……。

「さて名前、お前も疲れただろう」
「少しだけ、でも大丈夫です」
「……こいつ等を寝かしつけ寝顔を見ていたら昔を思い出してなどうせならお前も童心に帰ると良い」
「え? っうわあ!?」

 なるべく大きな声を出さないようにしたが、いつの間にか肋角さんに身体を持ち上げられてベッドの傍に敷いてある布団に寝かされた。暖かいお日様のニオイがふわりと鼻腔を擽り、疲れが出てきたのか頭がぼんやりとしてきた。

「ろ、肋角さんっ、自分は、」
「昔のお前は寝つきが悪かったからな、良くこうして俺が添い寝をしたものだ」
「……っ」

 掛け布団を掛けられ、私の傍に座った肋角さんは大きな手で私の身体をリズム良く、かつ優しく叩いていく。そういえば、いつの間にか普段縛っている髪ゴムも取れていて靴も元々部屋に上がる時に脱いだから寝る準備は万端だが、さすがにこれは、

「え、えっと……」
「お疲れ様、名前。……今日はゆっくり休め」
「肋角さん……」
「おやすみ。名前」

 暖かく大きな手が瞼の上に降りて、吸い寄せられるかのように私の意識も奥底へと潜っていく。
 起きたとき、彼らは戻っているのだろうか、色々聞きたい事があるのに、……気がつけば私は心地の良い膜の張られた空間に沈んでいった。



「……うわ何だコレ! なんでオレ等こんな所で寝てんだ?」
「なっ、どういう事だ!?」
「ん〜……なんか、凄く懐かしい夢見てた気がする」
「俺もだ」
「おれも、……って田噛全然起きないね」
「……」
「起きたか。詳しい事は後で話すが、まずは静かにしろ。名前が起きてしまう」
「え、あー! 名前寝てる!」
「五月蝿いぞ平腹!」
「平腹も谷裂も十分五月蝿いよ」
「……子どもみたいな寝顔だな」
「可愛いな〜、昔と全然変わらない」
「……」
「田噛起きろー」










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憂羅様リクエスト、幼児化した獄卒達をお世話するでした。
人数が多いだけに結構長くなってしまいましたが、とても楽しかったです。どこまでお兄さんな木舌や甘えん坊佐疫、警戒心むき出しの佐疫など……。平腹は正直大きいままでもあまり変わらないような……。多分肋角さんは彼らが戻ってベッドから足がはみ出ても夢主の寝顔をずっと見ていると思います。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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