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私の役目

屋敷の窓は全てカーテンで閉め切られており外の様子は見えない。ちかちかと灯りが何重にも影を作り上げてどこか地獄の中でも幻想的だ。私は足に力を込めてスッと息を吸い込めばそのまま、目の前約数十メートルを歩いている一人の仲間に向かって大きく、その背中に言葉を投げつけた。

「きっのしたー!」
「うわ!?」
「よっしゃ一本取ったり!」

 助走を付けて走り、そのまま地面を蹴り上げ前を歩いていた木舌の背中に飛び蹴りをお見舞いする。この前は気配を感じ取られ足を掴まれたかと思ったら、さながらメリーゴーランドの如く振り回されたけれども今回はそうは行くまい。上手い具合に気配を消して彼の名前を呼びながら足で背中を押せば木舌は叫びながら前に倒れた。

「いたた……もう、名前!」
「ひひっ、常にお前の背後は狙われていると思え!」

 ビシッと人差し指を突きたて木舌に舌を出しながら宣戦布告すれば「こら、指指しちゃ駄目だよ」なんて言うもんだから五本指を揃えてやり直し。まあ確かに人を指差しちゃいけないね、反省。
場所が廊下だから衝撃はそこまでないと思うし床も常に綺麗だ、だから埃とか付いているわけ無いが木舌はズボンを叩きながら立ち上がった。しかし見れば見るほどでかい男だ、何を食ったらそこまで身長が伸びるのだろうか。

「全く……仕事は終わったの?」
「もちろん! じゃなきゃ木舌の相手なんかするわけないじゃん!」
「酷いなぁ。というか名前は女の子なんだから乱暴なことはしちゃ駄目だよ」
「性差別発言はんたーい!」
「やれやれ……」

 呆れたようにため息を零す木舌が何か苛立ったので膝を蹴ろうと足を伸ばしたが避けられた。くそっ、そうだ今度は平腹にも協力を仰いでもらおう、そしたらさすがの木舌も対抗出来ないだろう。
まあ確かに私はどちらかと言うと女よりも男という表現が合っているような気がするけれどもただたんにお調子者なだけだ。テンションが高いと何でも楽しくなるよね、けれどもさすがに空気は読むよ、変に空気を読まないで発言すると後で谷裂とかその他諸々仲間たちの睨みとかめちゃくちゃ怖いし。

「そうそう、木舌は仕事終わったの?」
「おれ今日は非番」
「そうなの!? じゃあ娯楽室で仲良く談笑でもしないかい?」
「なに? 逆ナン?」
「そうとも言うみたいな?」

 おどけたように笑って首を傾げてみれば木舌はやはりさっきと同じようにため息を零しつつも笑って私の頭を掻き乱す。木舌の手は、好きだ。いや語弊かな? 私は木舌が好きだ。けれどもその“好き”という感情は恋愛感情なんかでは片付けられないものだ、兄として同僚としてはたまたもしかしたら弟として、家族として、色んな意味を込めた“好き”という感情が入り乱れてごちゃごちゃになっている。けれども嫌ではない、たった一言では片付けられない“好き”という鎖で木舌を絡めとろうとしているのだ。木舌が絡め取られているかは分からないけれども私はそのつもり。

「名前はなんというか、いつも元気だよね」
「褒め言葉? やったー! 元気だけが取り得だからね!」
「ははっ、けどおれそんな名前が好きだから良いんだけどね」
「私も木舌好きだから両想いだね!」
「そうだね」

 へにゃりと笑った木舌の頬を突いて笑えば木舌も同じように私の頬を指で突いてくる。
いつも通り変わらない会話を繰り返している私達は周りから見たらどう思われているのだろうか、家族、兄妹、恋人? いや多分関係性的には兄妹が一番正しい表記かも。けどそんな曖昧な関係が心地良くて嬉しくて上がりっぱなしの頬をそのままにして私達は目的地である娯楽室に向かっていった。



 薄暗い廊下を二人で歩いていたのだが、木舌は急に何かを思いついたのか男性獄卒の部屋がある三階へ続く階段の前で立ち止まると「ここで待ってて」とだけ言い残して木舌は一度自分の部屋に戻ってしまった。さすがに夜間の時に彼等の部屋の前をうろつくのはまずいと思って私は大人しく階段の傍で待っていた。
 五分もしないうちに木舌は大きな鞄を肩にかけて降りてきた、それはなに? と聞いたけれども木舌はただ笑って人差し指を唇の前に持っていくだけだった。なんだろう、なにか遊び道具とかかな。そんな事を考えながら、彼と他愛の無い話をしているうちに娯楽室に着いたので閉ざされたノブに手を掛け扉を開いた。

「やっぱり夜だと殆ど人は居ないね」
「どうせならここで晩酌でもしない?」
「そういうと思って大吟醸持ってきた」
「うわさすが木舌!」

 言い忘れていたけれども今は獄都内は夜の十時過ぎだ、思えばあんなに廊下で騒いでいたのによく怒られなかったな。けど考えてみれば木舌が廊下に居たのも運が良かったなー、先ほど終わったばっかりの任務の報告をし終えて女子達の屋敷に戻る際に偶然見かけてそのまま飛び蹴りをかまして今は娯楽室。肴になりそうなものはあいにくキリカさんが居ないから貰えなかったけれども木舌は肴が無くてもぐいぐい飲めるタイプだし私も同じだから良いか。
備え付けられた椅子に身体を置き木舌はお酒が入っているであろう鞄から二つのコップを取り出してテーブルの上に置いた。酒瓶に入った大吟醸は少しだけ量が減っていた。ガラスのコップを受け取り彼が注ぐお酒に目をやれば仄かに香る甘いニオイが鼻腔を擽ってきた、うわああああこれは絶対お高い奴だ。

「木舌、このお酒どうしたの?」
「前接待に行った時に貰ったものなんだ。少し飲んだけれども凄く美味しかったよ」
「こんな素晴らしいものを貰って良いの!?」
「いらないなら良いけど」
「居るよ居る! 神様閻魔様木舌様!」
「じゃあ乾杯」

 香りだけで涎が出てくる、並々とは行かないが気持ち多めに注がれた酒が入ったコップを持ち上げて目の前で掲げる。透明な液体の向こう側には木舌が翡翠色の目を細めて笑っていたので私も飛び切りの笑顔を向けてそのままお高い大吟醸を口の中に注ぎ込んだ。と同時に口いっぱいに広がる甘味や辛味、上手い具合に混ざり合って喉を潤していく、こ、これは……。

「めっちゃ美味い……! 日本酒とかあまり好きじゃないけどこれ凄く美味しいよ木舌!」
「だろ? お酒苦手な子でも飲める代物だし名前のような日本酒好きじゃない子には凄くお勧めって言われたんだ」
「ああああほんとにもうっ……閻魔様並みに凄いよ木舌! おかわり!」
「全く……調子良いんだから」

 入っていた液体を一気に体内に流し込んでコップを彼の前に差し出せば木舌は苦笑しながらもまた並々くらいにお酒を注いでくれたのでもう一度お礼を言って今度は少量ずつ体内に入れる。度数があまり高くないらしく味も中々なのでほんと何杯でも行ける、というか私は屋敷内でも結構上位に入るくらいお酒は強い方だからそう簡単には潰れないからこれは遠慮無しにどんどん飲ませて貰おう。元々木舌も佐疫から禁酒命令を言い渡されそうと嘆いていたから完全に禁止される前にこうして飲んでしまえば良い。

「はー……こうしてゆっくり飲んでると時間あっと言う間だけど木舌仕事大丈夫?」
「おれは午後からだからね、そういう名前は?」
「私は基本寝なくても支障ないから平気だよ。今日はオール」
「ほんとそこらへんは尊敬するよ」
「褒め称えよ傅け!」
「だから、調子乗らない」
「いたっ」

 えへんと胸を張って言えば木舌はほんのり頬を赤くして私の頭を小突いた。ちぇっ、ここはノってくれても良いのに。因みにさっき言った寝なくても良い、というのは本当のことで私は結構身体がタフというか単純というか……きっちり三食さえ取れば数日間は寝なくても平気なように出来ている、これは鬼であり獄卒の部類の中では結構珍しいものらしく今だその原因は分かっていない。まあ私以外にもそういった人が何人かいるし数年間寝なくても平気という人も居るくらいだから多分原因はすぐに解明されるに違いない。
再び少量のお酒を流し込んでほうっと息をつけば木舌は椅子に寄り掛かり私を見つめている。

「なあに木舌」
「いや、幸せそうだなーって思って」
「だって幸せだもん!」
「ははっ、そっか」

 酒がまだ残っているコップをテーブルに置いて本心を伝えれば木舌も幸せそうに口角を上げて微笑んだ。先ほどから赤かった顔は更に赤みを増しており多分木舌も酔いつつあるのだろう、普段は流れるように飲んでいる酒も今日はちびちびと少量ずつ飲んでいるのでその分酔いが早まっているのかな? いや良く分からないけれども。
 こうして穏やかな時間を過ごすのは嫌いではない、寧ろ好きだ。普段は血生臭い戦いに身を投じ何度も命を落としても生き返る私達には娯楽や休息は欠かせないものである、それはどんなに戦いが好きな獄卒たちでも変わりはない。

「こうしてると、なんだか明日もがんばろーって思えるよね」
「そうだね。こうした穏やかな時間はどんなに忙しくても作った方が良い」
「やっぱり楽しいと思う気持ちは大事だね!」
「名前はちょっと多すぎるような気がするけどね」
「えー? そうかな?」
「……けど、そういう子は居ないよりも居た方が良いよ」

 どこか憂いを帯びたその表情に思わず身体が硬直した。珍しい、いつも飄々として、笑って、みんなのことを見守るお兄さんのような彼がこんな表情をするなんて。いや、他の人たちよりも長くこの仕事に就いているからこそ色々な思いがあるのかもしれない、だから、そんな表情を覗かせたのかな。
 どう声を掛けたら良いのか分からない、だってこんな空気、殆ど直面した事が無いから、明るく馬鹿みたいに騒いでいる私には今彼に投げ掛ける言葉が舌の上で転がっては消えていくの繰り返しで思わず彼の方に向かって、手を伸ばした。

「名前?」
「木舌、疲れてるんだよ。よく見れば隈出来てるし」

 伸ばした手を熱が孕んだ彼の顔に触れて目の下を指の腹でなぞれば擽ったそうに身を捩らせた木舌は「あー、確かに寝不足かも」なんて情けない声を聞こえるか聞こえないかのような声色で絞り出した。
やっぱり、疲れてるからそんな変な表情を見せたのか、わざわざ晩酌をする理由なんて無いから今日はもう解散した方が良さそうだ。

「じゃあ今日は解散しよっか」
「え? でも」
「良いからいいから! なんか今日の木舌ちょっと気持ち悪い」
「え!?」
「いつも楽しそうに笑ってる木舌じゃなきゃ嫌だよ」
「名前……」

 渋る木舌を無理矢理立ち上がらせてコップに入っていたお酒を全部私一人で飲み干している間に木舌はやはり眠たいのか大きな欠伸を一つ零して目を擦った。うーん、なんだか元気の無い木舌は違和感がある、いつもにこにこ笑顔で私がふざければ悪戯っ子を相手にするように笑って小突く木舌じゃなきゃつまらない。

「元気出せ! 名前ちゃんが付いてるぞ!」
「うわ! もう、女の子でしょ!」
「そうそう、その調子!」
「調子乗らないの!」

 少しだけ猫背気味になっている木舌の背中を思い切り叩いて叫べば木舌は一瞬だけ眠気を失ったのか先ほど廊下で見せたような笑顔を向けて私の頭に軽くチョップを喰らわせて来た。

「いったー……木舌の意地悪」
「……名前」
「ん?」
「有難うね」
 
 ふんわり笑った木舌の大きな手が私の頭の上に降りてきて、同時に優しげな声色で紡がれた言葉も降り注いだ。堪らなく嬉しくなって、私は彼の手の上に自分の手を重ねて自分なりに精一杯の笑顔を向けて言った。

「木舌が笑ってる顔好きだからね」
「おれも名前の笑顔好きだよ」
「両想いだ」

 心がほわほわ温かくなって弾むように言葉を吐き出せば木舌は少しだけ驚いた表情を見せつつもすぐに笑顔を浮かべて、私の髪の毛を撫で付けるように優しく梳いた。
お調子者な私の役目は、貴方を笑顔にさせて幸せにする事なのかも知れない。







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三六様リクエスト、お調子者な夢主と木舌でした。
こういった明るい子大好きです、木舌とは友達以上恋人未満な微妙な関係だけどお互い明るく純粋に好き合っていたら良いなーなんて思いながら書いておりました。
平腹と同じくらい明るいけど、ちゃんと空気は読むし相手の気持ちも考えて喋ります、けれど平腹と凄く仲良さそう。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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