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求めた先に待っている甘美なもの

「名前、こんばんは」
「こんばんは木舌様」

 陽が傾き始め少しだけ冷え切った風が頬と撫で髪を揺らす。屋敷周りの庭を掃除しているのだがこうも風が強い日はせっかく集めたゴミや塵がすぐに宙を舞ってしまう、けれどもたまにある事なので名前は気にせずに竹箒を動かしせっせと掃除に勤しんでいた。そんな彼女に声をかけたのは彼女の想い人である木舌だった。
 洗濯係のあやこ、炊事係のキリカ、各々専用の女中達がいるように名前も掃除係という役割を当てられている女中だ。

「今日は風が強いから掃除が大変だろう?」
「慣れたことですわ、これくらいで参っていたら掃除係は名乗れません」

 袖を垂らしながら口元に手を添え花が咲いたように笑う名前の姿に木舌は眩しさのあまり思わず翡翠色の瞳をすっと細める。大和撫子という言葉が相応しい彼女、そんな彼女の柔らかい髪を撫で付けると名前は驚いた様子を見せつつもただ静かに目を瞑り木舌の手の温度を感じていた。
 大きな手が自らの髪を撫でるのを暫くは感じていた名前だったが、夕餉前の夕刻の時間に木舌が私服で外に出るのは珍しかった。いつも獄卒としての仕事に追われている特務室含め屋敷内の獄卒は朝から晩まで各々担っている仕事をしているので大抵屋敷の外を出入りする人たちは制服を纏っている。昨日は多忙だったのでお互いの時間の都合を確認していなかったので不思議に思った名前は目を開け木舌に問い掛けた。

「木舌様、今日は非番なのですか?」
「うん。と言っても任務は昼くらいで終わったんだ。今まで報告書を書いててさ」
「終わったのですか?」
「……いや、ちょっと休憩中。名前の掃除が終わったら戻ろうかなって……」
「まあそうですか、後は玄関周りを掃けば良いだけなのですぐ終わりますよ」

 木舌様のために早く終わらせなければ、と妙に意気込んだ目の前の恋人に木舌は苦笑した。一人でせっせと仕事をする彼女に手伝うといった言葉を言おうとしたがすぐに口を紡ぐ。
 何度かこういった場面に陥ったことがある木舌は昔なら手伝うよ、何て声をかけていたが彼女はこの仕事に妙な誇りとプライドを持っており他者からの救いの手が伸びることは好きではなかった。長年、何百年この仕事に就いておりおのずと身に付いた自分のリズムに合わせたやり方がありそのやり方を他人が加わる事により崩されるのが嫌いなのだ。それだけ仕事に誇りを持っていることは、同じように仕事を持ち獄卒として働く木舌も十分分かっており今ではただ彼女の仕事を見届けるのが当たり前になっている。

「今日も一日中お仕事?」
「ええ。昨日は風が強かったのでこの屋敷周りと屋敷内の窓拭きと床掃除をしていたらもうこんな時間になってしまいました」
「お疲れ様。けどいつも楽しそうに掃除しているから見ているこっちも楽しくなるよ」
「どうやらこの仕事は私の天職みたいですね」

 集めたゴミを塵取に入れ、多少重くなった塵取を持ち上げようとした瞬間に塵取が浮き視線を上げた時には木舌が柔らかい笑みを浮かべて塵取を持ち上げていた。あくまでの彼女が拘るのは掃除の仕方だ、これくらいは大丈夫という事を前に聞いていたのでなるべく彼女の助けになりたい木舌は敢えて言葉を発せずにゴミ捨て場へと向かっていく。
 一瞬気を取られていた名前だったがすぐに事を理解して慌ててせっせと前を歩く恋人の後を付いて行く。

「き、木舌様っ……お手を煩わせるわけには……」
「これくらいは恋人云々よりも、男して当然だよ」

 口角を上げて静かに片目を閉じて言葉を放つ木舌に、名前は顔を赤らめ俯いてしまった。いつも飄々としているがどこか紳士的で大人の魅力を漂わせている木舌は名前にとって今だ慣れない部分が多々ある。言葉が出なくて胸の前で両指同士を弄っていると木舌は水道で手を洗いハンカチで拭った手を彼女の不自然に青白い輪郭を指で撫で付けると耳元で囁いた。

「掃除も終わったみたいだし、そろそろ屋敷に帰ろうか」
「ええ……。そうですね」

 熱い吐息が耳朶を掠め思わず身が熱くなる、こんなことくらいではしたない。と名前は胸元で両手を強く握り締め俯き気味になるがそんな事は露知らず、木舌はいつもと変わらない笑顔を浮かべて彼女の華奢な肩を大きな手で抱くとそのまま彼女の歩幅に合わせるように歩き出した。

 男性獄卒専用の屋敷の扉の前に来たと同時に、木舌は名前から離れると周りに誰も居ないことを良い事に前髪を片手でかきあげ額に口付けた。

「き、木舌様……!?」
「しっ。あまり大きな声出すと聞かれちゃうかもしれないよ?」
「ですが……、ん」

 ちゅ、と控え目なリップ音を出しながら目元、頬、唇と順に口付けている木舌に名前はただ困惑しながら彼の服を握り締めた。こそばゆい感覚が身体中を駆け巡り身体から火が出そうになる、言葉同士の愛の紡ぎ合いはさして問題は無いがどうもこういった触れ合いは今だに慣れることが出来ない。自分は既に生娘ではないのに、だが木舌からすれば初心で奥ゆかしく恥らう乙女は酷く甘美で加虐心を擽られる。どこか香る女のにおいが鼻腔を擽り眩暈がしそうになるがさすがにやらなければならい作業があることを思い出し木舌は唇を噛み締め彼女から離れる。

「……今夜、待ってるから」
「は、い」

 切羽詰ったような掠り出した低い声が耳朶を打ち、力強く抱き締められた名前はゆっくり彼の大きな背中に手を回しこくりと首とを縦に動かした。下手に力を入れたらすぐに壊してしまいそうなほど小さく脆い女に木舌は再び髪に顔を埋めるように唇を落として踵を返した。

「(……やはり、いつまで経っても慣れません……)」

 赤くなった顔を叩いて熱を冷まそうにも、木舌が残した感触、感覚が拭いきれなく名前は大きく深呼吸をして自らの部屋へと戻った。



 夕餉も食べ終わり、シャワーも済ませた名前は緊張した面持ちで男性獄卒専用の屋敷へと足を進める。この前は木舌がこちらに来たから、今度は私がこちらにお邪魔する番。時間帯的にお邪魔して大丈夫だろうか、報告書は終わったのだろうか、様々な疑問が脳内で渦巻くが一秒でも早く愛しの恋人に会いたいという欲が高まり自然と足が速まっていく。
 行き慣れた部屋の前に立ち止まり、ゆっくり深呼吸をして扉をノックすればすぐに扉が開かれ目の前には夕刻で見たときと同じ木舌の姿が居た。声を掛ける前に目が合うと木舌は名前の手を引いて中へ招き入れた。

「待っていたよ名前」
「木舌様……」

 ベッドまで誘導されその場に身を沈めるように腰掛けると、乱暴なんて一切せず壊れ物を扱うかのように優しく丁寧に名前の身体を抱き締める木舌に名前の胸は高鳴る。恋焦がれていたのは自分だけでは無いことを改めて知ると愛おしいという気持ちがこみ上げ広く逞しい胸板に顔を埋める。

「会いたかったです」
「うん、おれもだよ」
「……ん」

 余裕そうだが、表情はどこか切羽詰っている。身を屈め近付いてきた木舌の顔を受け入れるように目を瞑り唇を少しだけ尖らせると生暖かく柔らかいものが触れた。数秒経った後木舌の舌が唇を軽く突き思わず口を開けば仄かに酒のニオイが口内に入り込んだ。妙に熱っぽくぬめりとした舌が名前の中を舐るように舐め取っていく、舌同士を絡め合ううちに身体はどんどん熱を孕み洩れる吐息も艶がある。

「んぅっ……あ……」
「……可愛い」
「ぁっ、き、のしたさま……」

 軽く身体を押され世界が下から上へ流れ目に映る恋人の背景は真っ白な天井に変わった、背中を受け止める柔らかい布団の感触と同時に木舌のにおいも感じ前からも後ろからも木舌に包まれているような感覚が名前を襲う。唇を軽く舐められた後も降って来る口付けの雨にただただ身を委ねる。

「は、ぁっ……」
「名前、……好きだよ」
「……私も、貴方をお慕い申しております」
「言葉だと平気なのに、スキンシップは苦手?」
「木舌様に触れられると、どうも緊張してしまうのです」
「おれ、しっかり愛されてるんだね」
「当たり前じゃないですか」

 口付けの最中に紡がれる会話はどこか穏やかで強張っていた名前の身体もじょじょに解れていく。身体を締め付けていた帯が解かれゆっくりと合わせに手をかけた木舌の翡翠色の瞳は普段とは違う輝きを増していた。余裕が無いはずなのにいつも自分を怖がらせないように優しくしてくれる木舌、そんな彼が大好きだからこそ、全てを受け入れたい。肌襦袢だけの姿になったとき、名前は木舌の首の後ろに手を回し耳元でゆっくり囁く。

「木舌様……好きです。だから、我慢なんてしないで下さい」
「……我慢なんかしてないよ?」
「貴方の事はなんでも知っていますよ」

 くすりと笑えば木舌は少しだけ表情を硬くして床に広がる名前の髪を撫で付ける。紳士的でいつも自分を大事にしてくれる彼が隠している奥底の感情が見たかった、もっと自分を求めて欲しい。回していた片手で彼の頬を撫で唇に触れれば、彼の大きな骨ばった手が閉ざしていた太ももに触れた。

「っ、あ……」
「……怖かったら、すぐに言ってね」
「……どんな貴方も受け入れられます」
「有難うね、……名前」
「ん、っ……」

 首筋に木舌の唇が触れて、ゆっくりと舌が這っていく。ぴりぴりと電流が走ったかのような感覚が背中を駆け抜け思わず彼の首に回していた手に力を込める。同時進行で自らの太ももを這う指先も、名前に快感を与えるには十分すぎた。

「ん、っ……木舌様……」
「大丈夫……?」
「……ええ。そこまで落ちぶれてはいませんわ」

 凛と揺れる瞳に魅入られた木舌は、ほうと吐息を洩らし熱に犯される肌に唇を合わせ所有印を咲かせていく。
覚めやらぬ熱は憂いを孕みお互い触れ合うたびに縺れ蕩けてる。求める側と受け入れる側、どちらも触れ合い求め合いながら感じたのは酷く甘美で妖艶な何かだった。







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まつだ様リクエスト、紳士アダルティな木舌との微裏でした。
どうやら大和撫子風味で気丈とした女の子が好きです。紳士的な木舌さんは書くのが楽しかったです……紳士的なわりにあまり欲求を抑えられなかったような感が否めないですがとても楽しかったですはい。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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