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甘ったるいニオイを纏う

 買い物から帰り私服姿のまま彼がいる執務室の扉を開け放った瞬間に全身を包み込む煙草の香り、昔なら思わず顔を顰めてしまうほどだったが今ではもう慣れてしまってこのニオイに包まれることで妙に安心しきっている自分がいた。扉の開閉音に気付いた肋角さんは灰皿に煙草を押し当て火をもみ消すとこちらを振り返った。

「帰ったか」
「はい。資料を貰いに来ました」
「明日の夕刻までで良い。私の部屋で纏めていろ」
「分かりました」

 勤務時間中に肋角さんが使う「私」という人称は未だに慣れない。公私混同が嫌いな肋角さんはそこらへんはきちんとしているが、私が関わると妙に公私の境目が曖昧になることがある、今だってそうだ、煙草を持っていない手が頬に触れ染み付いた煙草のニオイが鼻腔をふわりと擽るのだ。二人っきりになると肋角さんの視線は仕事中とは違って妙に優しく絆されてしまうそうなほど胸を高鳴らせる。
このままだと何を言い出すのか分からないので、私は着ていたカーディガンを自然に整えるフリをして持っていた紙袋を肋角さんに差し出した。

「あの、お土産です、現世の方の店で面白そうな煙草売ってたので」
「……煙草?」
「あ、ちゃんと自費で買いましたよ!」
「いやそうではない。……名前が私が言い付ける以外で煙草を買うことに驚いてしまってな、それ以前にその姿で大丈夫だったか?」
「ちゃんと特務課の事務室に行って現世用の免許書作ってもらいましたよ……、この見た目だと何か言われると思ったので」

 ある程度成長している獄卒なら見た目だけでなんとかなるらしいが、私みたいに容姿が、現世で規定されている二十歳未満の風貌をしているものにとっては年齢制限のある買い物はめんどくさい。昔は現世の買い物は年齢制限のあるものは買うことがなかったので何も持たずに学生という身分で現世へ行っていたが、肋角さんと付き合ったことにより、現世で買いに行く物も変わるだろうと思い事前に資料や現世で必要なものを作ってくれる事務室へ赴き現世用の免許書を作ってもらっていたのだ。相変わらず免許書を見せても訝しげな表情をされるのか変わりないけれども。
 彼に渡した紙袋には、煙草が入っている。現世で行った時に見かけた煙草屋で面白そうなものを見つけたので思わず買ってしまった。気に入ってくれると良いのだけれども。少しだけ背筋をピンと伸ばして紙袋から煙草を取り出す肋角さんを見つめる。

「……フレーバーシガレットか?」
「あれ肋角さん知ってるんですか?」
「と言っても名前だけだがな、しかし気になっていたから嬉しいぞ。有難うな」
「なら良かったです! 肋角さんコーヒー好きですしコーヒーに因んだものなんですよ、それ」
「アーク・ロイヤル・ワイルド・ガード……随分ハイカラな名前だな」
「あはは……」

 黒いパッケージに真ん中に臙脂色のロゴが入ったコーヒー味のフレーバーシガレット、“アーク・ロイヤル・ワイルド・ガード”正直煙草の種類なんて分からないから店員さんにお勧めを聞いてその場の勢いで買ってしまったけれども大丈夫だろうか。
私の考えを読み取ったのか、パッケージを眺めていた肋角さんは「待っていろ」と優しく笑い私の頭を撫でて、置いてある二人掛けのソファに座らされると彼もその隣に座り込んだ。
黒い箱から葉巻煙草を取り出し口に銜えると机の上に置いてあったライターに手を伸ばし火を付けた。改めてこうして煙草を吸う瞬間を見るのは初めてかもしれない、なんだか無性にドキドキする。じじじと火が葉巻を燻る音が耳朶を静かに打ち、静かに宙を舞う煙が鼻について私は言葉を発した。

「わ、甘いニオイします」
「コクも深いが、……ブラックというよりかはカフェモカのような味だ」
「美味しいですか?」
「普段吸っているのはまた違う風味だな、味わい深い味だ。……吸ってみるか?」
「いや……遠慮します」

 一度だけ、付き合いたての頃に肋角さんと同じものを好きになれないかなと思い煙草に挑戦したことがあるのだけれども無理だった、火が付いた葉巻煙草を貰い口の中に吸い込んだ瞬間目の前が弾け飛んで肺の中が爆発した。咳が止まらないし涙が出るわで大変だった、思えばあの時の肋角さんには大変申し訳ないことをしてしまった。
口から吐き出される煙に目を見据えてコーヒーに似た香りを楽しみ、肋角さんも新しい味の煙草に楽しんでいるようだ。

「……美味いな」
「…………」

 煙草を嗜む肋角さんは、大人だからか絵になるしカッコいいけれども、煙草に夢中なのか私の方はあまり見ていない。普段から私よりも一歩上手で前を見据えている彼を驚かすことは出来ないだろうか、その考えが頭に浮かんだ瞬間にもう身体は動いていた。

「肋角さん、」
「名前……?」

 名前を呼び、座っていても座高の差があるので私は彼の名前を呼び立ち上がると、肋角さんは煙草を口から離し私の方に目をやった。瞳を見ると恥ずかしさで動けなくなりそうなので甘い香りがする口元だけに目を据えて、肋角さんの両頬に触れてそのまま見つめていた唇に噛み付くように触れた。
時間にしては数秒ほどだったが体感的には何分かにも感じられた、ゆっくり目を開けて顔を離せば驚きで緋色の瞳を見開いている肋角さんと目が合うが私は何も言葉を掛けずに自分の唇をぺろりと舐める。……ああ、

「甘いですね、美味しい」
「……随分大胆だな」
「味、気になったのでつい」

 ぺろ、と悪戯っ子気味の笑顔を浮かべつつ舌を出せば、すっと目を伏せた肋角さんはだいぶ短くなった煙草を灰皿に置き、大きな手を伸ばし私の後頭部に回した瞬間勢いよく引っ張られまた唇が重なった。
先ほどよりも強い味を纏う煙が口内に張り込んで咽そうになるが、顔が離れ吐き出した口からは甘ったるいコーヒーのような味がする。勢いよく煙草の味が口の中に入ったので肺がこの前みたいに爆発までとは行かないが物凄く変だ。

「うぇっ……、肺が……」
「やられたらやり返す性分でな」
「肋角さんの意地悪」

 思わずムスッと頬を膨らませれば肋角さんは悪そびれた表情も見せずにただ目を細めて笑うだけだった。居たたまれなくなり隣に並んで座ろうと思った瞬間、身体を引き寄せられて膝の上に座らされた、小さな子どもになったような感覚と恋人とは言えど妙な恥ずかしさが募って顔に熱が篭る。視線を逸らして灰皿に乗った煙草はいつの間にか消えていて部屋には甘い香りが広がっている。これ入って来た人驚くだろうなぁ、今度他の先輩達にも勧めてみよう。

「煙草ばかりに夢中になっていたから寂しくなったか?」
「そういうわけでは、……味が気になって」
「嘘でもそう言ってくれた方が嬉しいがな」
「……もしかして、分かってて言ってますよね」

 バレたか、と呟いて笑う肋角さんに釣られて私も笑ってしまった。肋角さんに本音を言われると見栄を張ってか思わず反対の言葉や否定をしてしまうが彼は何でもお見通しだ、と言うような目で私を見つめたり頭を撫でたりと軽いスキンシップをしてくるからズルい。悔しいので膝の上に乗ったまま抱きつけば肋角さんもゆっくり背中に手を添えてまるで小さな子をあやすように背中を叩いてくる。

「肋角さん、なんか私を小さい子だと思ってませんか?」
「……ああ、なんだか昔を思い出す。お前がこちらに来た頃は不安なことだらけでいっぱいいっぱいになった時にこうしたものだ」
「もう私は小さな子じゃありませんよ」
「分かっている。一人前の女だ。だが、……俺にとっては今でもこうしたいと思うほど愛おしく尊い」

 仕事中にも関わらず耳を打った彼の一人称と言葉に心臓が大きく音を立てた。昔は、お互い娘と部下、父親と上司という関係で何も知らずただただ毎日が不安で潰されそうな時肋角さんの元へ訪れ、こうして膝の上に乗せてもらい背中を優しく叩いてくれたあの日のことが少しだけ脳内を掠った。今ではあの時みたいな父親ではなく、紛れもない、対等な位置に立っている恋人なのだ、ただただ幼くこうして不安を拭っていただけの幼い私はもう居ない。

「けどこうしていると、凄く落ち着くのは変わらないです」
「お前が望むなら、ずっとこうしていよう。……それにしても名前、大きくなったな」
「そうでしょうか……?」
「……こうして全身で名前の重みを感じていると、分かるものさ」
「肋角さん、お父さんみたいですよ?」
「父親は、こんなことしないだろ」

 身体をやんわり押されて、私の頬に彼の手が触れたと同時に優しく唇にキスされた。離れたと思ったら、額、頬、首元にも唇が降り注いでじわじわと身体が熱くなる。無意識に身体も強張らせていれば肋角さんは喉を震わせて控え目に笑った。

「くくっ、身体がかたいぞ。もっと力を抜け」
「む、無理です。というか、もとはといえば肋角さんのせいなんですよ」
「相変わらず慣れんな。……ほら、これで落ち着くだろう」
「……ん」

 引き寄せられまた一定の間を持って背中を優しく叩かれる。暖かい肋角さんの体温と胸元から伝わる心臓の鼓動で強張っていた身体はじょじょにほぐれて同時に心地良さで眠たくなって来た。
けれども眠るわけにはいかないので、一回だけ目を強めに擦って彼に寄りかかって会話をするために彼の名前を呼んだ。名前を呼ばれた彼は、全て分かっているかのように背中を叩いて優しく声を掛けてくれた。

「肋角さん」
「ああ、眠って良いぞ。……長時間の現世は疲れただろう」
「お見通しなんですね」
「名前のことだからこそ、だ」
「……邪魔だったら転がしておいてください」
「邪魔だと思ったらな」

 段々彼の声色が優しく、か細くなり私の意識も霞みだしグラついてきた。すっと息を吸えば不思議と心が落ち着く肋角さんのニオイとそれに纏わりつくフレーバーシガレットのニオイ、妙に甘ったるいニオイに包まれ私は何にも邪魔される事なくゆっくりと意識を手放していった。






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綾子様リクエスト、肋角さんとほのぼのでした。
フレーバーシガレットの存在をこの前たまたま知ったのでネタに出来ないかなーとググっていたらたくさん種類があったので一つ拝借して書きました。
こう、後輩獄卒からちゅーして煙草の味を知るみたいな描写が書きたかったので楽しかったです。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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