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恋による感情決壊

 恋人の肋角さんは獄卒達を纏め上げる上司。上に立つ人間は、その分やらなければならいことがたくさんあることは重々承知だ。それを理解したうえで私達はお付き合いをしているし、ほとんどプライベートな時間は無いけど彼の傍にいるだけで私は幸せを噛みしめている。
 明日は久々の休日、お互い休みも取れたのでどこか出掛けようか、なんて話をしており予定を立てていた矢先のことだった。

「名前」
「どうしました?」

 廊下で擦れ違ったので、軽い会釈をして書類を出しに行こうと思っていたらそのまま呼び止められた。仕事中に呼び止められることなんて結構あるので今回も任務のことだろう何て考えながら振り向けば、酷く悲しそうな顔をした肋角さんがいた。
驚きで言葉が出ずに呆然としていると、肋角さんは目線を下げたまま言葉を吐き出す。

「すまない。明日の休日だが、閻魔庁へ呼び出されたので行かなくてはならなくなった」
「まあ……。ということは、明日もお仕事ですか?」
「ああ。だいぶ前から休みが決まっていたから大丈夫だろうと思っていたのだが……ほんとうにすまない」
「そんなに思いつめないでくださいな、私なら全然平気ですから。それよりも、無理をしすぎて体調を崩してはなりませんよ」

 これで何回目だろうか、彼との休みが消えていくのは。最後にデートをしたのはいつだっけ、最後に愛し合ったのはいつだっけ、既に私の記憶の中ではおぼろげになっており鮮明な記憶なぞ無かった。

「名前、怒っても構わないんだぞ。何度もこうして約束を破っているんだ」
「上司である以上こういう事があるなんてことは貴方に告白する時点で覚悟していましわ、貴方が気に病むことなんて何一つありませんよ。私は大丈夫です」
「本当に、よく出来た女だ」
「貴方を選び、貴方に選ばれた女ですから」
 
 くす、とからかうように笑えば困ったように笑って私の髪を優しく梳く肋角さん。我慢なんて、幾らでも出来る、貴方のためなら。けど、時たまこうして肋角さんの口から二人で過ごせないという言葉を囁かれると私の中で何かが音を立てて壊れる。
暫くの間は悶々と会えなくなってしまったことについて少しだけ残念に想う気持ちがあるけど時が経てば慣れる。慣れてしまえばこっちのものだ。

「出来ない約束はするな、とそろそろお前の方の上司に怒られそうだ」
「ええ、何度も貴方に約束を破られた事を言えば毎回怒っていますから」
「まいったな」

 くしゃっと顔を崩して笑う彼に笑みを零す。私の上司である方は自分と同じ女性、だから時たま私と彼のことを聞かれるのだけどどうやら彼女にとっては私達の関係はどうも納得が行ってないらしく「仕事人間なんか止めなさいよ」と冗談交じりに言われる。そのたびに「それが彼ですから」なんて言っているが、いつ彼女から直談判が来るか……少しだけ胃が痛いかも。

「名前も書類を出しに行くところだったな。呼び止めて悪かった」
「いえこちらこそ、お話出来て良かったです。またお暇が取れた時は言って下さいね」
「ああ。気を付けろよ」

 お互い暫く見つめ合い、真っ直ぐ別の方向へ歩き出す。それと同時に渦巻く謎の消失感、じわじわと嫌な気持ちが身体を侵食していき思わず足を止めてしまった。

「肋角さーん! 書類出来ましたよ!」
「良くやった、次も頑張れ」
「はい!」

 ふと後ろを振り返れば、私と同い年くらいの獄卒の子が肋角さんと会話をしていた。無垢な笑顔で話しかける子に、慈しむように笑いかける肋角さん。ピシリと身体が固まって思わず持っていた書類が音を立てて床へ落ちていく。

「(どうして、)」

 ああ、私以外にも、なぜそんな顔をするのですか。
私は、少しの時間でも貴方に会いたいがためにこうして執務室の前を多く歩いていると言うのに。抱いた事もない黒い感情が脳内を覆っていき自分が自分ではないような感覚に陥る。

「(笑顔を向けて欲しい)」

抱き締めて欲しい、
愛を囁いて欲しい、
頭を撫でて欲しい、
気がつけば様々な欲求が脳内から溢れ出して止まらなかった。
獄卒の子がいなくなったのを見送った彼は、書類が落ちた音に気付いて再びこちらを見て驚きの表情を見せる。

「名前?」
「あ、れ……」

 頬が濡れている、慌てて濡れている原因を探れば、それは紛れも無く自分の目から溢れ出ている涙だった。止めようにも止まらない、降り続ける涙に呆然としていれば慌てた様子で肋角さんが私の顔を覗きこんだ。

「どうした、どこか痛いのか?」
「違います、違うんです……っ、」

 こんなことで時間を取らせちゃいけないのに、さっきの欲求が溢れ出てきて言葉に吐き出しそうになってしまう。自分でもなんで泣いているのか理解出来ない虚しさでさらに勢いよく雫が零れ出てくる。

「一体どうしたんだ、言ってみろ」
「わ、たしにも、分からないです」

 珍しく肋角さんが慌てている。止まらない涙とともに嗚咽が走り脳内で言葉がグチャグチャになる。

「分からないんです、私、貴方とさっきの子が話しているのを見て、急に嫌な気分になって……そしたら、抱き締めて欲しいとか、好きって言ってもらいたいって気持ちが急に出てきて……どうしたら良いんでしょうか」
「……」
「今まで、我慢して貴方のことを理解していたつもりだったのに、こんな汚い感情が出てくるなんて、私っ……」
「名前」

 自分で自分を殺したくなる。肋角さんだって上に立つ人間としてたくさんの我慢や苦い汁を吸ってきたんだ、それを理解して付き合ってきたし我慢もしていたけど、彼のためなら全然苦ではなかった。のに、たった一度あの光景を見ただけでこうした感情が湧き出て戸惑いが隠せない、私は、一体どうしたのでしょうか。
混乱している中で肋角さんは優しく私の名前を吐いて力強く抱き締める。久々の感覚、匂い、体温にくらくらしてきて、気がつけば涙が止まっていた。

「悪かった。そんなにお前を追い詰めていたなんて気がつかなかった」
「え?」
「気がつけば俺はお前に甘えてばかりだった、お前が俺に甘えたことなんて一度も無かった事くらい、考えれば気付くはずだったのにな」
「甘える?」
「名前、その感情は、俺にもっと愛されたい、甘えたいという欲求だ。汚くなんかない、寧ろ俺にとっては嬉しいことだ」
「……」

 甘える、もっと好きな人にこうして欲しいという気持ち。私は、肋角さんに甘えたかったんだ、恋人らしいことをして欲しかったのだ。背中を優しく叩かれたら今まで溜まっていたものが音を立てて溢れ出る。

「っ、肋角さん……、本当は、ずっと寂しかったんです」
「……ああ」
「けど困らせたくなくて、私一人が我慢すれば良いと思ってたんです。……これは、私が貴方に甘えたいと言うことですか?」

 しがみ付くように抱きつけば黙って肋角さんは頭を撫でてくれる、ああこうして欲しかった、けど、まだ足りない。

「肋角さん、」
「まだ、足りん」
「え」
「……全然、お前が足りない」

 吸い込まれそうな赤い瞳の奥にはギラついたものが垣間見えて、心臓がドクリと音を立てる。足りない、その言葉が脳内に響き渡って、意味を理解する時にはゴクリと唾を飲み込んだ。
 足りない、私も、貴方が足りない。

「名前」
「貴方が、もっと欲しいです」

 あふれ出したら、止まらない。場所も気にせず彼の襟首を引き寄せて唇に口付けた。






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ゆり様リクエスト、肋角さんとの大人な恋でした。大人な恋は書いたことがなかったので新鮮でしたが、十代のガキにはこれが精一杯でした……!もっとドラマとか本を読んで精進します。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
ゆり様のみお持ち帰りください。この度はリクエスト有り難うございました。

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