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愛に我慢はいらない

 自らの手で拾い、他の部下達と一緒に育ててきた名前が成長をし、いつしか娘という目線から異性へと変わるのに自覚はしていた。自分よりももっと良い奴がいる、と言い聞かせ自らの感情を殺していたにも関わらず名前は俺に好意を抱き想いを告げた。馬鹿げたことがあるかと半信半疑だったが嬉しさの方が勝ってしまい気が付けば恋仲になっていた。
 名前の中での俺は上司であり、父親のイメージが今でも強いと言っていた。相思相愛になる前よりかは甘え上手になったが、敬語は抜け切ることはない。尊敬の念と、愛情の意、いつもどっしり構え一歩前を歩く姿は付き合った後でも意識していた。それこそが、きっと彼女の求める肋角という男だろう。名前は自分よりも幼く、そして華奢な女、全てを受け入れるのが俺の役目だ。俺が甘えるわけにはいかない、理由は分からないが、そんなものは上司として、父として立つ身の上ではしてはならないと頭の片隅でその言葉がチラついていた。

「……」

 執務室にずっと閉じこもっていると気が滅入りそうなので、休憩時間と、備品の確認も兼ねて医務室へと向かう。
癖で煙管を出そうとしたがここは一応廊下なので控えておこう。行き場のない手で拳を作りやけに賑わっている医務室の扉をあければ見慣れた顔が二つ見えて思わず双方共目を丸くした。

「肋角さん」
「こんにちは」
「斬島に、名前か」

 部屋備え付けられたソファに並んで座っている二人に目を向けて扉を閉める。よくよく見れば任務終わりなのか二人共血や土の汚れが少しだけついている、斬島は無傷だが名前は右腕が無かった。取れたのか、青白い腕が名前の肩口にくっ付いており、それを斬島が支えている。

「すみません、すぐに報告へ行こうと思ったのですが名前の腕の回復がすぐ終わりそうだったので……」
「い、いえ斬島先輩が謝ることじゃないです、私の不注意で取れた上にくっつけたいと我儘を言ったからで、」
「案ずるな、今はお前の腕の回復が大事だろう。斬島も、よく頑張ったな」
「……はい」

 斬島の頭の上に手を乗せて数回撫でれば俯いてしまったが心成しか嬉しそうだ、昔から部下達は頭を撫でると喜ぶので俺も褒めるときは無意識に頭を撫でてしまうがまだ嫌がられてはいないらしい、いい加減子ども扱いするのもどうかと思ったがまだ大丈夫だろう。
じわじわとくっ付きだす名前の傷口に目を向けていると、ふいに斬島が名前の方に目を向けて言葉を発した。

「そろそろ治るか」
「みたいですね、良かった」
「気絶した時はどうなることかと思ったがな」
「わざわざ運んでくださり有難う御座いました。放置しておいても良かったのに」
「人一人抱えることくらいどうってことない。お前は軽いから苦にもならないぞ」
「自分、体重は平均なのですが……やっぱり鍛え方の違いでしょうか」

 抱える? 思わずその言葉を聞き返しそうになったが二人の邪魔をするわけにはいかないとそのまま口を紡ぐ。言葉にはしないが、俺にも思うことはある。妙に近い距離感や、お互い無意識に笑い合っているしているところなど、恋人が他の男と身体を密着させて話し合っているところなど見たい奴はいるだろうか。
そのまま名前の腕を引っ掴んで連れ去りたいと思ったが、その理性はすぐにかき消される。
ふっと息を吐いて二人を見ているうちに、名前の右腕が完全に治ったらしくそれに彼女も気付き声を出す。

「あ、くっ付いたみたいです」
「今から向かっても平気ですか?」
「……ああ。そうだな、一緒に行くか」
「はい」
「名前、」
「ん?」

 ソファから立ち上がった二人を見て、扉を開けようと後ろへ向こうとしたが、斬島が名前の唇に指を這わせた。
その行動には、俺も名前も、思わず動きを止めてしまった。見せ付けられたような感覚が脳内を侵していき自然と顔が無骨に歪むのが自分でも分かり、奥歯を噛み締める勢いで口の中に力を入れる。

「え、せんぱ、」
「ずっと気になっていたんだ、汚れているぞ」
「……どうも」
「……」

 薄桃の唇に付いた赤黒い血を斬島は指先で拭った後、水道でその汚れを落とす。行き成りの行動に驚きつつも名前自身顔を赤らめて俯いている。見せ付けられた側としては溜まらなかった、どす黒い感情が一気に溢れ出て舌打ちしそうになるを抑え、もう全てがどうでも良くなるのを覚悟で再生したばかりの名前の腕を掴みこちらに引き寄せると寄せられた名前は「わあ!?」なんて声をあげ俺の胸元に倒れこんだ。
華奢で力を入れると壊してしまいそうだが、生きている、掌から伝わる熱に、かすかに動く体躯。強く抱き締めたい衝動に駆られたが部下の手前そんなことは出来ない、困惑している名前を一瞥した後、呆然としている斬島に目を向けた。

「すまない、少しだけ用事を思い出した。書類を提出する時に報告をくれ」
「分かりました。それでは失礼します」
「名前、行くぞ」
「え、えええええええ?」

 力を抜き名前の手を掴みそのまま救護室の扉を後にした。情けなさで頭が痛いが、我慢しようが無かった、昔はそれほどまで気にはしていなかったのに。今では俺も彼女にだいぶ恋焦がれているらしい。



「名前」
「は、い」

 自室に引きずり込むようにして、引き入れれば妙に表情が強張った名前、なるべく優しい声色で名前を呼べば不安げな銀の瞳が揺れ動く。名前の瞳は、ガラス玉というよりかは童達が好むラムネ瓶に入っているエー玉に近い、本来意味は同じだが炭酸の中で揺れ動く小さく透明な球体と、彼女の体内に埋め込まれている少しだけ灰がかった銀の球体は似ている。ずっと見つめていて飽きないし、引き込まれそうなほど綺麗だ。

「肋角さん、あの……」
「少しだけ危機感が無いのは、目を瞑ってやれんな」
「え?」
「なるべくお前の理想に近い男になりきろうとしたが、俺にも限界があったみたいだ」
「……?」

 自分よりも一回りも二回りも小さいその身体を持ち上げ、ベッドに腰掛けたその足の上に乗せれば名前は一気に青白かった顔を赤くさせて自らの顔で手で覆い隠す。髪から覗く耳朶は、燃えているかと思いたくなるほど赤くなっていた。

「名前、顔を見せろ」
「無理です。凄く、恥ずかしい……です」
「その反応も、あまり他の奴らにはするなよ」

 やんわりと腕を掴みどかせば赤みを増した名前は、顔を隠そうとするために俺の首元に腕を回してしがみ付く。火傷するくらい熱い身体に手を置けばピクリと身体を跳ねさせたあと、耳元から名前の声が響く。

「肋角さん……さっきの言葉って、嫉妬ですか?」
「……見損なったか?」
「違います。寧ろ、嬉しいです」
「情けない姿を見せたんだぞ、理想とは程通り、醜いところを」
「あの、勘違いしてませんか? 私は、別に肋角さんに何かイメージを押し付けているわけではありませんよ。確かに今でも上司や、父、という概念は抜け切らないところがありますが……」

 その言葉に目を見開く。どんなことにも余裕を崩さず、弱音や弱いところを見せない男が名前の理想像だと思っていた。それを求められていると思いそのようにしていたのに……とんだ早とちりだったのか。
今までの自分に酷く羞恥心を感じ居たたまれなくなる。

「……」
「肋角さんは、私の、こ、恋人ですし……いつも余裕で前を見据えて、私を甘やかしてくれる大人な貴方が嫉妬してくれて……嬉しかった、です」
「名前、……本当か?」
「私も、きちんと同僚との境界はしっかり付けます。もう家族みたいだから、色々許容してて……ごめんなさい」

 愛おしさがこみ上げて、小さな身体を潰す勢いで抱き締めれば名前も同じように力を入れて縋り付く。
ふっと力が抜けた気がして、安堵のため息を零す。名前が求めていた俺は、本当は違う俺であり、彼女もそんな俺を望んでいなかった。何気ない日常で見せる俺の姿、名前に時折見せる本来の姿が彼女にとって求めている俺だったのか。肩の力が一気に抜けた。

「変に気を張る必要なんて無かったんだな」
「はい。寧ろ甘えて欲しいです、もっと貪欲でも良いんですよ。……普段の肋角さんも、好きですけど」
「……徐々に曝け出していくとしよう」
「待ってます」

 彼女を押しつぶしてしまいそうなほど溜め込んでいた俺の欲求、煩悩、私欲、潰れないように覚悟しろよ、と意味合いを込めて小さなその肩に歯を立てる。

「う、肋角さん……?」
「我慢出来ないみたいだ、……嫌か?」
「……ぜん、ぜん」

 身体を離し、笑いかければ向こうもはにかむように口角を吊り上げる。どうやら俺は、自分が思っていた以上に私欲を溜め込んでいるようだ、変に身体に力が入って彼女を壊してしまわないか不安になるが、構ってられない。
目を細めその唇に喰らい付くように唇を合わせれば名前の身体の力が抜けその重みが全身に掛かった、俺だけが知っている彼女の重み。

「っ、ろっか、くさん」
「名前、愛してる」
「わ、私も、愛してます……!」

 いつこのような言葉の投げ掛けにも慣れるのだろうか、いや、言うたびに顔を赤らめる名前は愛らしいから構わないか。
しかしこれから仕事中も、嫉妬という感情を抑える事が出来るだろうか、些か不安だが、そんな考えは後からコイツと一緒に答えを出せば良い。






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マツク様リクエスト、肋角さんが嫉妬な甘夢でした。
コミカライズを見てからだいぶ肋角さんの印象が変わりました。肋角さんは付き合った恋人の前でも私欲などを見せないだろうなーと思いました、意識してないけど肩に力入ってて感情も押し殺してるとか。擦れ違いも無事解決したけど、これから先も肋角さんの苦悩は続きそうですね。
お気に召さなかったらお申し付け下さい。
この度はリクエスト有難う御座いました。

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